第10話 夢見る少女が辿る道①

 ヒカゲとオフ会の契りを交わした次の日の夜。


 僕は久しぶりに綾乃の世界へ顔を出した。


 綾乃のことを思い浮かべながら寝れば、本当に綾乃世界へやってくる。


 なんとも便利な現象ではあるが、会いたいと思った方の世界へやって来れる僕っていったい何者なんだろうか。どっちつかずのクソ野郎か?


「おや、タカ君。もう次の日のお昼になったの? 早いね?」


 いつも通り僕の目の前に立つ綾乃が首を傾げる。


 時間の概念がない世界だけど、創造者の体内時計はあるらしい。


 感覚的に僕が変なタイミングでやってきたと理解している。


「今は夜だよ」

「へぇ……じゃあ、ヒカゲちゃんのワンダーランドはなくなったんだ?」


 興味深そうな綾乃。


「いや、まだ消えてない」

「あ、そうなんだ。ならどうして私の方に?」

「今日はそういう気分だったんだ」

「タカ君は浮気性だねぇ」


 滅茶苦茶酷いことを言われているような気がするけど、そもそも僕はまだ誰ともお付き合いをしているわけではない。


 故に浮気という言葉は当てはまらない。強いて言うのであれば、二人の女の子の間をフラフラしているだけの男だ。どっちにしろクソ野郎には違いなかった。


「……今日は海か」


 潮風が鼻を抜ける。


 今日のシチュエーションは海を眺める砂浜だった。


「懐かしいな……」


 思わずそう漏らせば、綾乃もくすぐったそうに笑った。


「ね! 昔は一緒にはしゃいだもんね!」


 あれは中学生の時だったかな。


 唐突に海へ行きたいと綾乃が言って、それで休みの日に電車を乗り継いで行った場所。


 その風景が再現されていた。


「それで、今日はどうして私のところへ?」


 砂浜に腰を降ろした綾乃の横に僕も座る。


 さざ波の音。海の香り。その全てが再現されているようで、どこか違和感を覚える。


 けど、その違和感の正体を僕は知っている。


「そろそろ誕生日だろ? 何が欲しいか聞いておこうと思って」

「ああ、もうそんなに経つんだね。ここにいると、そんなの忘れちゃうからさ」

「僕は忘れてないから。欲しいものある?」

「うーん……」


 綾乃は悩むように顎に手を当てる。


「タカ君が選んでくれるならなんでもいいよ」

「なんでもいいって、簡単そうに見えて一番難しいんだよなぁ」


 なんでもいいといいながら、相手の中では理想がイメージされていたりする。


 候補が多すぎるけど、それ全部を言うのは憚られて、だからなんでもいい(実際にはなんでもいいわけではない)が発動する。


 つまり、なんでもいいと言われた時点で心理戦が始まる。


 特に綾乃の場合はそう。


 前に昼ご飯を一緒に食べようってなった時、なんでもいいと言われてその辺のよく見るそば屋に連れて行ったら、デートなのに風情がないと怒られた記憶がある。なんでもいいとは? 日本語の難しさを再認識させられたイベントだった。


「今回は本当になんでもいいよ!」

「じゃあ、シュールストレミングでも買っていくとするよ」

「なにそれ?」

「世界一くさい食べ物」

「プレゼントのセンスなさすぎない!?」

「やっぱり、なんでもよくはないんだな」

「や、なんでもいいとは言ったけどさ……」


 綾乃は複雑な表情をぶつぶつ唸っている。


 なんでもいいって、こういうことだからな?


 その宣言をした以上、相手が何を選んでも潔く受け入れなくてはならないんだよ。


「それが嫌なら、ちゃんと欲しいものを教えてよ」

「そうは言ってもさ、結局受け取れないんだから意味ないと思わない?」


 何を悲しそうに言うわけでもなく、ただ普段通りに綾乃は言う。


「それにほら、この世界に現実のプレゼントは持って来られないからさ」

「僕は気持ちの話をしているんだ」

「……じゃあ、タカ君がいいと思ったものでいいよ」

「シュールスト――」

「それ以外で!」


 食い気味でシュールストレミングは出禁を食らってしまった。


 ただくさいというだけでこの扱い。可哀想に。


 僕は嗅いだことないけど、ネットで調べた限りは本当にやばいらしい。


「わかった。でも、あまり期待しないでくれ」


 センスがないのは自覚してるから。


「大丈夫。何を選んだって、私にはわからないからさ」

「……」


 そんなこと、あっけらかんと言わないでほしいんだけどな。


 どうにも嘘くさい磯の香りを感じながら、僕は綾乃と他愛もない会話を続けた。


 ☆☆☆


 そして次の日の昼休み。世間では迫り来るゴールデンウィークに向けた話題で盛り上がっている。ここで言う世間とは、僕のクラスのこと。


 母親特製のお弁当をありがたく頂戴していれば、周りからはそんな楽しそうな会話が聞こえてくる。他人事みたいにしている僕だけど、当然それは例外ではない。


「隆晴はさ、ゴールデンウィーク予定あんの?」


 僕の机で大盛りの弁当を食らう男、廣瀬が訊いてくる。


「あると思って訊いてるか?」


 そのトーンはまさに社交辞令そのもの。


 まあ、無いとは思うけど念のため訊いておくか、みたいな色が隠れていた。


 もう少し興味があるフリをしてほしい。友達なら。


「ないと思って訊いてる」

「だろうな」

「で、どうなん?」

「期待に応えられなくて悪いけど、実は予定がある」

「……マジ?」


 世界がひっくり返るみたいな衝撃を受けるのはやめろ。


 廣瀬から見た僕ってなんなんだろうな。雰囲気が淀んでるとか言うし。


「それはあれか? いつも夢で会ってる女の子のことか?」


 廣瀬にはワンダーランドのことを話している。


 正直理解できないが、嘘を言ってるようには見えないから信じる。とは去年の廣瀬の談。


 信じてほしくて言ったわけじゃないのに普通に信じられてしまい、逆に僕が驚いたのは記憶に新しい。


 一般的には青井みたいに、「何言ってんだこいつ?」の反応が正しいからな。


「そんなわけあるか。ちゃんと現実で会うんだよ」

「夢で会った女の子と?」

「たぶん、廣瀬が思ってるのとは別の女の子と」


 廣瀬が言ってるのは綾乃のこと。


 今回はヒカゲ。夢で会ってるのに変わりはないが、それだと語弊が生じる。


「お、浮気か?」

「おかしいな。僕は一途なはずなんだけど」

「でも、夢で毎日会うくらいゾッコンな子とは別の子と遊びに行くんだろ?」

「まぁ、色々と言いたいことはあるけどそうだな」

「それは浮気だろ」

「浮気なのか?」


 廣瀬は玉子焼きを口に放った。


「僕はまだ誰とも付き合ってないぞ?」

「違うぞ隆晴。これは魂の浮気だ」

「魂の浮気?」


 なにをいってるんだこいつ?


「誰とも付き合っていなくても、気になる女の子がいるのに他の子と遊びに行くのは魂が浮気しているんだ。その人への想いを裏切っているんだよ」

「浮気の定義って難しいんだな」


 もうあれこれ理由をつければ、なんでも浮気にできる気がしてきた。


「夢の女の子が悲しむぞ?」

「他の女の子と遊びに行くって言ってないから大丈夫だよ」

「それ……浮気じゃね?」

「……」


 たしかに、僕の言動は浮気を隠している男みたいだった。


 浮気……なのか?

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