第8話 ヒカゲクエスト⑦
それからしばらく。ヒカゲとの冒険は、もはや夜の日課になっていた。
僕が寝るタイミングでセーブになるのか、その日の冒険は毎回僕が寝落ちしたところから始まる。厳密に言えば起きるが正解なんだけど、この世界で意識が無くなるから寝落ちでも間違いじゃない。うん。
そして、いつも僕が先に落ちる。現実世界の目覚ましがなるからだ。
ヒカゲには僕がいなくても勝手に進めていいよと言っているんだけど、彼女は頑なに僕と一緒の冒険に拘りを見せている。
理由を訊けば、一人で進めても面白くないからだそうだ。
まるでVRMMORPGだな。現実と似たような仮想空間で、友達と楽しくゲームをする。
痛みはなく、魔物を倒せば光の粒子になってお金と素材を落とす。
手に入れた素材で武器と防具を作ったり、時にはお店で買ったり。
「いやぁ、臨場感のあるゲームは最高ですね!」
「だいぶレベルも上がってきたな」
「ですね! これはいよいよ終わりも近いかもですね!」
ヒカゲと冒険を続けて、はや二週間。ワンダーランドと現実の時間の流れは同一視できないけど、おそらくプレイ時間で言えばかなりの時間を費やしている。
出て来る魔物も強くなっているし、街並みもどこか殺伐としたものへと変わっている。
ヒカゲの言う通り、終わりが近づいてきている。
今僕たちがいるのは雪が降る街。RPGで言えば後半にあたる。
理由はよくわからないけど、RPGの後半には雪の街が出てくるのが定番だし、たぶん例によってこの世界でも後半だろう。
「もうすぐ旅が終わってしまうと思うと、寂しいです」
「ヒカゲはゲームのラスボス手前でゲームをやめるタイプだったりする?」
「え……そんな酔狂な人がいるんですか?」
信じられないと言った顔をしている。
「中にはそういう人もいるんだよ」
終わらせるのがもったいないから、ラスボス前のセーブポイントで一旦ゲームから離れる。そして、いつかやろうと思っていても、いつしか新しいものへ興味が移り、ゲームはクリアされないままで終わる。
意外とそういう人はいるらしい。僕は最後が気になって速攻で終わらせるタイプだ。何回か徹夜をして、綾乃に怒られたっけか。
「でも、よかったよ。ヒカゲはちゃんと終わらせるタイプで」
「当然です。最後まで楽しまないとゲームに失礼ですよ!」
「なら、安心して先に進めるな」
「はい。このまま最後まで突っ走りましょう!」
それから、僕とヒカゲの大冒険は佳境を迎えた。
「司さん! 援護をお願いします!」
「発動まで5秒はかかる」
「それくらいなら全然平気です!」
魔物に支配された村を解放するため、二人で魔物の群れへ突撃したり。
「伝説の武器の素材って、寄り道してでも集めたくなっちゃいますよね」
「わからなくもない」
「ですよね!」
ストーリーの後半にあるテンプレ。最強武器の素材を集めるサブクエストをやったり。
「勇者様のおかげで、この街の未来が守られました!」
「勇者様万歳!」
「そ、そんな! 私は自分にできることをしただけですよ!」
魔王城へ向かう前に、今まで救ってきた村や街を訪問して見れば、初めて会った時より明るくなった人々から感謝の言葉を投げかけられたり。
「いやぁ! さすがにもうやり残したことはないですね」
「いよいよ魔王城かぁ……」
「長いようであっという間でしたね」
「まぁ、学校の授業よりは退屈じゃなかったかな」
途中の寄り道でやれることを全部やって、僕たちは魔王城に突入した。
ラストダンジョンともなれば当然敵も強くなっている。
だが、寄り道をして伝説の武器を作ったり、サブクエで実はラスボスより強いんじゃね? と思える強大な敵を倒したりで、僕たちのレベルは間違いなくこのダンジョンの適性を超えていた。
僕が魔法の詠唱をしている間にヒカゲが雑魚をワンパンで倒してしまう程には。
最近は強力な魔法で雑魚を一掃するのが地味に好きだったのに。最強の勇者様は僕におかずを残してくれない。楽できるけど、少しだけ消化不良。
四天王とかいう、倒しても毎回捨て台詞を吐いては消え、お前戦うの何回目だよ……と言いたくなる敵たちも、この道中で全て引導を渡してやった。
いよいよ、本当の終わりが近い。
「なぁ、ヒカゲ」
僕は魔王の玉座へ続く、無駄に大きい扉へ手をかけたヒカゲに声をかけた。
「どうかしましたか?」
「この戦いが終わったら、話がある」
「え? やめてくださいよそれ死亡フラグじゃないですか……」
「大事な話だ。だから、二人で生きて帰ろうな」
「いや、本当にやめてくださいよ! わかっててやってますよね!」
「勇者様なら、死亡フラグだって吹き飛ばせるさ」
「もう……いいでしょう! そのフラグをへし折ってこそ勇者ですから!」
ヒカゲが真っすぐに僕を見た。
行くよ? 目で問いかけられて、僕は頷いた。
それを確認して、ヒカゲは重い扉へ手をかける。
低く重厚な金属音を響かせ、扉が開く。
長いようで短い、短いようで長い夢の終わり。
僕たちは、何かの骨で作られた玉座に座る魔王と対面した。
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