第7話 ヒカゲクエスト⑥

 そして、夜。


 いつものルーティンを終えて就寝した僕は、ワンダーランドで目を覚ます。


 そこは、昨日ヒカゲと別れた場所だった。


「まるでセーブポイントだな」

「あ、司さん!」


 勇者姿に身を包んだヒカゲが、僕を見つけて小動物のように小走りでやって来る。


「よかったぁ……ちゃんと来てくれたんですね!」

「まぁ、昨日のあれでお別れってのも味気ないしな。キリが良いところまでは付き合うよ」

「ほんとですか!」

「なんだかんだまた来られたしな」


 昼間綾乃に言われた通り、夜はヒカゲの顔を思い浮かべながら寝た。


 その結果、今がある。


 当然、今も綾乃の世界は存在するはずだ。だけど、僕は僕の意思でこの世界に来られた。


「綾乃の言う通りか……」


 ワンダーランド。まだ僕の知らないことがいっぱいありそうだ。


「さあさあ司さん! それでは今日から冒険の日々ですよ!」

「昨日中断したところからなんだ?」

「ですです! あのまま終わるのは嫌だなって思っていたら、今日は昨日の続きからになってました!」


 ヒカゲは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。


「司さんの言う通り、今日目を覚ましても本当にここでの出来事を覚えていましたし、ここは本当にただの夢じゃないんですね!」

「僕も、ヒカゲの胸の感触はちゃんと覚えてるよ」

「どうしてそこをピックアップするんですか!?」


 ヒカゲは顔を赤らめて自分の胸を隠す。


「昨日の中では一番いいイベントだったから」

「司さんって……結構変態なんですね」


 ヒカゲがジトーっと僕を見る。もしかして軽蔑されてる?


「変態じゃない男なんていないだろ。煩悩を隠すか、隠さないか。男はその二種類しかいない。これは断言できる」

「司さんは隠さないタイプってことですか?」

「これでも隠してる方だよ?」

「ええ!? 嘘ですよね!?」

「本当の僕は、もっとケダモノだ」


 冗談めかして手を伸ばせば、ヒカゲは猛スピードで僕から距離を取った。


 近づけば離れ、近づけば離れ、ヒカゲは一定の距離を保ち続ける。


「これ以上は侵入禁止です!」

「……冗談を本気に受け取るなんて、ヒカゲはピュアだな」

「冗談に聞こえないからこうなってるんですよ!」

「それは心外だ」


 いや、本当にね。


 僕は紳士なのに。変態と言う名の紳士もいるけど、僕はただの紳士だ。


 そのまま、僕たちは一定の距離を保ちながら冒険を始めた。


「それにしても……ワンダーランド……素敵な世界ですね」


 のどかな風。緑生い茂る草原。


 始まりの街っぽく、まだ平和な世界を感じさせる景観。


 それを見て、ヒカゲは踊るように回りながらそんなことを言ってくる。


「楽しそうだな」

「実を言うと、冒険の世界って憧れてたんですよ」

「昨日は戸惑っていたのに?」

「あれは突然のことだったからです。色々落ち着いて、一緒に冒険する仲間にも出会って、この世界を受け入れてみれば、結構楽しい世界だと思いました!」

「僕は巻き込まれてるだけなんだよなぁ」

「でも、今日も来てくれましたよね?」

「行けたら行くって言ったしな」

「では、時間は有限なのでサクサク進みましょう! 現実で目を覚ますまでが勝負ですからね!」


 ほらほら、とヒカゲは僕の腕を引っ張って進む。侵入禁止はどこかへ行ったらしい。


 この日は、スライムを倒したり、最初の村で起こった飢饉が魔物による仕業だと判明し、その元凶の魔物を討伐するなどした。


 予想通りというか、この世界にはレベルの概念が存在するらしく、ヒカゲはものすごく嬉しそうに自分のステータス画面を見ていた。


 そんなこんなで初日の冒険は終わった。


 ☆☆☆


 そして次の日の朝。学校へ着けば、青井が早速僕のところへやって来た。


 話題は決まっている。


 挨拶もそこそこに、青井は早速話題を切り出してきた。


「担当直入に言うけど、ヒカゲと呼ばれる女子はこの学校にはいないわ」

「本当か?」


 反射で聞き返す。


「本当よ。私が使える情報網を全部使ってもヒットしなかった」


 青井は嘘を言っているようには見えない。いたって大真面目だ。


 しかし、僕が最初に見たヒカゲは、絶対に同じ高校の制服だった。


 青井が着ている制服と同じ。いつも見ているんだから見間違うはずがない。


「司君が探してる人って、本当にうちの生徒なの?」

「そこは自信を持って首を縦に振れる」


 つまり、ヒカゲは本名じゃないってことか。


「写真とか撮ってくれれば、もう少し深く調べられると思うけど」

「写真かぁ……」


 難しいな。僕とヒカゲの接点はワンダーランドしかない。


 夢の世界。当たり前だけど現実のアイテムは持ち込めない。仮に携帯を持っていて、そこで写真を撮ったとしても、現実世界には持ち帰れない。


「とにかくごめん。力及ばずです。成果がないからジュースはいいよ」

「ヒカゲって女子がいないことがわかったのは確かな成果だろ。報酬はちゃんと払うよ」

「律儀だねぇ」

「借りを作ったままにしたくないだけだ」

「では、ありがたくいただくとしよう!」


 僕の目論見は、そう簡単にうまく行かなかったようだ。

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