第6話 ヒカゲクエスト⑤
次の日。いつも通り午後の授業で昼寝を決め込んだ僕。
ご飯を食べると眠くなるのは人間の生理現象であり、仕方のないことだ。それに抗って授業を受けているみんなが逆に凄い。僕はその眠気に従う。
そしてやって来たのは見知った街並み。
その世界で意識を覚醒させた瞬間、僕の幼馴染は誰が見てもわかるような不服顔をしていた。頬をリスみたいに膨らませているのは可愛い。
「なんでニヤけてるの? 私は約束をすっぽかされて怒ってるんだけど!」
「それは綾乃が可愛いからだよ」
「え、そうかな? って誤魔化さないでよ!」
この前の天体観測での反省を活かしたんだけど、女の子は難しい。
「なんで昨日は来なかったの? 徹夜してたの?」
「いや、普通に寝てたよ」
「じゃあなんで?」
「別のワンダーランドにお邪魔してた」
「……どゆこと?」
口を尖らせる綾乃に、僕は昨日の出来事を説明した。
昨日の夢の内容を全部説明できるくらい鮮明に覚えていることが、あの世界がワンダーランドであることの証明にもなる。
僕の説明を聞き終わっても、綾乃はまだ不服そうにしていた。
「ふーん……それで、今日はどうするの?」
「それは僕も気になってる。今日の僕はどっちの世界に行くんだろうな?」
今まで、僕の知っているワンダーランドは綾乃の世界しかなかった。
だから寝る度に僕は綾乃の世界にお邪魔していた。原因はわからない。でも、初めて綾乃の世界に入り込んでから今日までずっと続いている。
だけど、昨日そこに新しい世界が生まれ、僕はそこへお邪魔した。
ふたつの世界が同時に存在する場合、僕はどっちへ行くんだろう。
「もしどっちか選べた場合、タカ君はどっちへ行くの?」
「もちろん、綾乃の方だよ」
「……これは嘘つきの回答ですなぁ」
綾乃は悪戯っぽく笑った。
「タカ君は、選べるならヒカゲちゃんの世界へ行くよ」
僕より僕をわかってそうな言い草だった。
「どうしてそう思った?」
「タカ君はそういう人だから」
綾乃はキメ顔でそう言った。
綾乃が指を鳴らせば、どこでもない空間からハトの群れが空へ羽ばたく。
種もしかけもない、本当のイリュージョン。
綾乃はそう言ってニッコリ笑ったかと思えば、
「あーあ、これからタカ君との時間が減っちゃうなぁ……」
と、不服そうに身体を揺らす。
「……悪いな」
「でも、時間に限りはあるからね」
「知ってる。綾乃は嫉妬深いもんな」
「それだけじゃないのはタカ君もわかってるでしょ?」
嫉妬深いところは否定しないのか。
「だから行くんだよ」
「うん。今度は間に合うといいね」
「……そうだな」
そこで視界が白くぼやけていく。
「さて、どうやら時間みたいだ」
「やっぱりお昼だと別れが早いね」
綾乃は残念そうにしている。
「じゃあ最後にひとつだけ、タカ君に選別の言葉を授けよう!」
ビシッと指をさし、意識が朦朧としてきた僕に綾乃が告げる。
「ワンダーランドは意思の世界。だから、誰の世界に入るかはタカ君の意思で決められると思うよ。当然、ワンダーランドが存在していることが条件だけど」
「つまり……僕はヒカゲを想いながら寝ればいいってことか?」
「そゆことだよ浮気者」
「わかった。あと、浮気者ではないだろ?」
「そう?」
「だって僕は綾乃一筋だから」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃん」
僕の意識はそこで途絶えた。
☆☆☆
「おはよう……司君」
目を覚ませば、青井が今日も教科書を丸めて佇んでいた。
腕を組んで、怪訝そうな表情で僕を見下ろす。
「夢の中のデートは楽しかった?」
「会いに来ないことを怒られたから、愛の言葉をつぶやいておいたよ」
「え……どこまで本気にしていい感じ?」
「全部だけど?」
「いや、ほんと……どんな夢なのよ……」
どうやら理解はされないようだ。
ま、普通の人はワンダーランドの存在を知る由もないから仕方ない。
「最近気になってるんだけどさ、司君の頭の中ってどうなってるの?」
「いつも女の子のことでいっぱいだろうな」
「うわぁ……」
なぜかドン引きされた。でも、嘘は言ってないんだよなぁ。
「そうだ青井」
僕はそこで青井のスキルを思い出した。
「この学校に、ヒカゲって女子はいるか?」
「ヒカゲ?」
「そう。たぶん名字だと思うけど、もしかしたら名前かもしれない」
「へぇ……司君が他人に興味を持つなんて珍しいね」
「ちょっと、そいつに用があってな」
昨日、ヒカゲと最初に会った時、彼女は僕たちと同じ制服を着ていた。
今朝、一通り色んなクラスを流し見した中では見つけられなかったけど、少なくともヒカゲはこの学校の中にいるはず。しかし、どこにいるかはわからない。
そんな時こそ、頼れる我がクラス委員長の出番だ。
青井の趣味は人の情報を集めること。良好な人間関係には、まずその人の情報が命。だから色んな情報を仕入れてるんだ。とは青井本人の談。
冷静に考えると、かなりやばい趣味だよな。
「ほほぉ……それはそれは」
青井は含みのある笑みを浮かべる。たぶん、変な想像をしている。
「青井が妄想するようなイベントはないぞ」
「なーんだ残念。でも、ごめん。私も知らないなぁ」
「そうか……」
どうやら、青井の情報網にも引っかからなかったらしい。
「1日あれば調べられるけど、どうする?」
「は? 調べる?」
「私の情報網を使えば、それくらいはお茶の子さいさいってやつですよ」
「まじかよ……」
さすが陽キャの部類の属する女。この学校の中であれば、その陽キャ情報網を使ってどこに誰がいるのか簡単に暴いてしまえるらしい。
「なら、悪いけど頼めるか?」
やはり持つべきものは友達。せっかくなら、僕もその威光を賜ろう。
できるなら、今後のことを考えて現実のヒカゲに会っておきたい。
「了解! ジュース1本ね!」
とても良心的な価格だった。
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