第9話 ヒカゲクエスト⑧
「ついにここまで来たか……勇者よ……」
お決まりのセリフ。世界の半分はくれないらしい。
魔王は人間のような見た目をしているが、頭に生えている禍々しいニ本の角が、彼が人間でないと物語る。
漆黒の鎧に身を包んだ魔王は、玉座から重い腰を上げた。
「ここまで来たことは誉めてやろう。だが、貴様の旅もここまでだ勇者よ」
魔王が腰の剣を静かに抜いた。漆黒の刀身が輝いている。
「我が剣の錆となれ。それを我が従僕たちへの手向けとしよう」
「正義は勝つ。それを今から証明してあげますよ!」
凛とした笑顔で口上を述べて、ヒカゲも背中から銀色に輝く剣を抜いた。
僕もその流れに身を任せて淡々と杖を構えようとしたけど、
「ん……!」
勇者様が、お前も口上を述べろと目で訴えてきた。
えぇ……恥ずかしいから嫌だなぁ。それに、さっきから魔王様、勇者よ……ばかりで賢者のことは眼中にないよ? なら、言わなくてもよくない?
しかし、魔王も律儀に剣を構えたまま動かない。
ヒーローの変身タイム中には絶対に攻撃をしない素晴らしい倫理観を持った悪役のように、魔王は時が止まったように僕の言葉を待っていた。
さすがワンダーランド。創造主のお言葉は絶対らしい。
なら、仕方ない。
「こんな世界、さっさと終わらせてやるよ」
「それ、正義側が言っていいセリフじゃないんですけど!?」
「このあとヒカゲと大事な話があるんだ。お前に構ってる暇はない」
「だからそれは死亡フラグなんですって!」
そして、止まっていた時間は動き出し、魔王が一直線に僕たちへと突っ込んで来た。
「ほら、魔王が来たぞ」
「ああもう! じゃあ行きますよ!」
ヒカゲも一直線で突き進み、互いの剣がぶつかって奏でる金属音が部屋に響き渡る。
「はあああああああああ!」
ヒカゲは縦横無尽に動き回り、あらゆる角度から魔王へ会心の一撃を狙う。
しかし相手は腐ってもラスボス。ヒカゲの攻撃は全て受け止められる。
僕は僕で遠距離から魔法で攻撃を試みるけど、魔王はそれを全てギリギリで避ける。
魔王もただ攻撃を受けるだけじゃない。
攻撃を受け流しつつ、こっちに隙ができればすかさず一撃を狙ってくる。
「うみゃあ!?」
魔王の攻撃を受け止めきれずにヒカゲが吹っ飛ばされた。
空中で回転しながら体勢を整えて、僕の横に綺麗に着地する。
現実じゃ絶対にできない芸当。この世界だからこその動き。
「さすがラスボス……やはりこうでなくてはですね!」
「ふむ……」
「どうしたんですか? 何か攻略方でも思い付いたんですか?」
「いや、黒タイツ越しに覗く下着も結構エロイなぁ、と改めて思ってさ」
「……はあ!?」
「なんだろう……こう、想像力を試されている感じがしていい」
あえて完全に見えないことによる美学を感じた。
「な、ななななな……何を言ってるんですかこんな時に!」
「僕は生脚派だけど、新しい価値観を教えられた気分だ」
「勝手に教わらないでくださいよ! 普段からそんなやらしい目で私を見ていたんですか!?」
ヒカゲは剣をワナワナと震わせて、涙目で僕を睨む。
「ヒカゲがスカートなのにいつも飛び回ったりするからだろ。年頃の女の子なんだから、もっと恥じらいを持たないと」
「え、私のせいなんですか!? 私のせいにしちゃうんですか!?」
「だってそうだろ? 女の子の神秘を覗くチャンスがあれば、それを見逃す男はいない」
「普通の人はそれを理性で抑えつけるんですよ!」
「ところで、この世界で履いている下着って現実世界とリンクしてるのかな?」
「私の話聞いてました!?」
「聞いた上で、訊いているんだ」
「最悪じゃないですか!」
ヒカゲのテンションが若干投げやりになっている。
「そんなに気になるなら自分ので確かめればいいじゃないですか!」
「それは名案だ。でも、いいのか?」
「なにがですか! もう勝手にしてください!」
「では、お言葉に甘えて」
僕は自分の下着を確認した。
「なるほど、現実と一緒だ……つまり……」
僕がヒカゲを見れば、
「っ~……!」
彼女は声にならない羞恥の唸り声を漏らした。
ヒカゲは今理解したのだ。僕が自分で調べた結果が、鑑写しで彼女にも当てはまることを。
「私を辱めて楽しいですか!? この鬼畜! 魔王!」
「魔王なら目の前にいるぞ」
「そうですね! でもまさか隣にもいるとは思わなかったですよ!」
「僕は賢者だ」
「変態が抜けてますけどね!」
「人の価値観ってさ、こうやって変わっていくんだろうな」
「もう黙ってもらえませんか!? いい話風に締めようとしても通じませんよ!」
「だから、ヒカゲも夢の世界より現実を選ぶような価値観に変わってくれると僕は嬉しいな」
「え……この流れで急に真面目な雰囲気を出さないでくださいよ?」
「ふん……戦闘中に無駄話とは随分と余裕を見せてくれる」
戸惑うヒカゲに、今まで蚊帳の外だった魔王が割り込んでくる。
もしかして、無視されて寂しかったんだろうか。それだったらごめん。
「無駄? 乙女の大事な貞操がかかっていたんですよ!?」
至極真っ当なことを言う魔王にキレる勇者。
「だが、おかげでこちらの準備が整った」
僕たちが乙女の神秘について検討している間に、魔王はいつの間にか大規模な技の準備を進めていたようだった。
禍々しい黒い波動が、魔王の周りに集まっていく。
人が見ていないところでもちゃんと自分にできることをする。
この魔王、結構できるな。
「邪魔しないてください! こっちは今真剣な話をしてるんですよ!」
ヒカゲが吠えると、勇者の剣が眩い閃光を放つ。
そしてそのまま、一直線に魔王へ突っ込んだ。
「馬鹿め! 我の力を侮ったか!」
「うるさい! 今はそれどころじゃないんですよ!」
それは、ともすればやつ当たりだったのかもしれない。
魔王が放った必殺技。無数の漆黒の稲妻がヒカゲを襲うも、ヒカゲはそれをいともたやすく斬り捨てた。
さっきまでの互角の戦いはなんだったのか。
そう思わせるくらい、纏わりつく虫を払うように、魔王の技をいなしていくヒカゲ。
そして、とうとう魔王の胸に勇者の剣が深く突き刺さる。
「ぐふっ……さすが勇者……我の負けだ」
「あなたは魔王かもしれませんが、本当の魔王はべつにいましたよ……」
「ふ……では、あとはその者に任せるとしよう……」
魔王は満足気に笑ったあと光の粒子となり、空中に霧散した。
僕とヒカゲの長い旅は、ようやく終わりを告げる……と思っていたけど。
「さあ、司さん……本当のラストバトルを始めましょう……」
ヒカゲは闘志の衰えていない目で僕を見る。
「乙女の純真を弄んだ罪。その身でしっかり反省してくださいね」
「……なるほど」
どうやら、僕は少し調子に乗り過ぎたようだ。
☆☆☆
「もう! せっかくのラストバトルが司さんのせいで台無しじゃないですか!」
玉座に着いたヒカゲが僕を見下ろしてぷりぷり怒る。
対する僕は、魔王の玉座に着いた勇者の前で正座をしている。
僕を見下すその目には、魔王たる威圧感が宿っていた。
「私は消化不良です! もういっそ司さんでこの燻った闘争心を晴らしてやりたい気分ですよ!」
ヒカゲが立ち上がり、僕に向かって剣を構える。
「落ち着け。もう世界の脅威は去っただろ」
「でも、勇者と賢者、正直どっちの方が強いのか試してみたくないですか?」
どうした? 世界が平和になったのに勇者が好戦的になっている。
「どうせ勇者が勝つよ」
ワンダーランドで一番強いのは世界の創造主。つまりこの場合はヒカゲ。
僕はあくまでもゲスト。本気で戦ったら勝てないのはわかりきっている。
「そうは言っても司さん、なんだかんだいつも本気出してないですよね?」
「まさか。僕はいつも本気だったよ。ヒカゲが強すぎるだけだ」
僕が何かをする前にヒカゲが敵を全部倒しちゃうんだから、本気もクソもない。
「そんなことないです! さっきだって全然集中してなかったじゃないですか!」
「どうしてそう思った?」
「だ、だって……」
ヒカゲが口ごもり、
「わ、私の下着しか目に入ってなかったじゃないですか!」
顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「なんで呆れた感じで言うんですか!?」
「あと、僕は下着のことだけを考えてたわけじゃないぞ」
「ほんとですか……?」
なぜか疑いの目を向けられた。
「逆に考えて欲しい。僕が本当に下着のことしか考えていない奴だとしたら、それはもうとんでもなく頭のおかしい奴にならないか?」
「そう言ってるんですよ?」
「なるほど……」
これでも僕たちは二週間毎日夢の世界で大冒険をしてきた。
たしかに、僕はヒカゲ程この世界にのめり込んではいなかったが、それでも一緒に冒険してきた中でヒカゲは僕の人となりを一番近くで見た来たはずだ。
それでこの答えに行きついてしまったのなら、僕としては悲しい。
ずっと一緒にいて、ヒカゲが僕に抱いた印象は変態だけだなんて。
「なら、僕が変態でないと証明しよう」
「どうやってですか?」
「簡単だよ。ヒカゲ、さっきから丸見えだぞ」
僕は正座。ヒカゲは玉座に腰かける。
距離は近い。
そして僕の目線の先には丁度いい感じにヒカゲの太ももがある。
もう、あとは言わなくてもわかるだろう。
「……っ!」
僕の視線に気づいたヒカゲが、慌ててスカートを押さえつけて膝の間に埋め込んだ。
「や、やっぱり変態じゃないですか!」
「ヒカゲ……本当の変態は指摘なんかしないで黙って見て楽しんでる」
「見てる事実は変わらないじゃないですか! もういっそ指摘しないで黙って見てる方が紳士まであるなとか思っちゃいましたよ私は!」
「黙って見られる方が好きとか……変わってるな」
「なんで私が引かれる立場になってるんでしょうね!?」
「さあ?」
「きいいい! やっぱり下着のことしか考えてないじゃないですか!?」
「だからそんなことないって」
「じゃあ他に何を考えているんですか!?」
「ヒカゲのこと」
「……え?」
「ずっと、ヒカゲのことを考えてる」
ヒカゲの勢いが止まった。
僕の言葉が完全に予想外だったようだ。
「えええええええええええ!?」
急にわたわたし出して、視線もあっちあこっちに彷徨わせるヒカゲ。
「いや! あの! 急にぶっこんできましたね!」
「なにを?」
「いや、だってずっと私のこと考えてるって!?」
「ああ。でもそれがどうぶっこんでることになるんだ?」
「え、あの……それは……」
ヒカゲが急にまごまごと口ごもる。
「そ、それはそうとして! 司さん、魔王との戦いが終わったら私に話しがあるって言ってましたよね! どんな話なんですか!」
話を無理やり変えるように、ヒカゲが早口で捲し立てる。
「それもあるけど、今はヒカゲの話だろ。なにをどう僕がぶっこんだんだよ?」
ヒカゲの思惑を理解した上で、僕はあえて話題を掘り返した。
「そこを拾わないでくださいよ!」
「だってヒカゲが無理やり話題を変えようとするから」
「わかってるなら空気を読んでくださいよ!」
「空気を読んで空気を読まなかったんだよ」
「それは最悪ですね!」
ヒカゲは若干投げやり気味。さすがにこれ以上はやりすぎか。
「話を戻すけどヒカゲ、僕とオフ会しないか?」
「は? オフ会?」
「そう、オフ会」
たぶんこれが、全てを知るのに一番手っ取り早いだろう。
ワンダーランドに浸った人間の末路を知るには。
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