第4話 ヒカゲクエスト③

 ここは夢の世界。どうすれば彼女がそれを理解してくれるのか考えていたけど、その時は思ったより早くやってきた。


 兵士が城へ行くと言い、彼女が渋々納得した次の瞬間、視界が一気に切り替わった。


 街の中から城の謁見の間へと。本当に瞬きをするくらいに一瞬で。


 豪華な赤い絨毯が引かれた道の先。何段かある短い階段を挟んだその先で、この世界における王様が僕たちを見下ろしていた。


 宰相のような髭のおっさんも隣で真面目な顔を作っているし、両サイドでは兵士が一直線に佇んで列を形成している。


 まさに、勇者が最初に旅立つ時のシーンのような。


「あの……景色が一瞬変わったんですけど……」


 僕にしか聞こえない小声で彼女は言った。


 挙動不審に辺りをキョロキョロ見ている。


「夢の世界なんだから、これくらいできたっておかしくない」

「いやいや、おかしいことしかないですけど!」

「……こほん!」


 彼女が小声で喚いていると、王様の隣の偉そうな男が軽く咳ばらいをした。


 なんか、既視感のあるイベントだ。


「王の御前である。双方、頭が高いのではないか?」


 いかにも宰相っぽい発言。このあと、定番の流れがあるとすれば。


「よいのじゃ宰相。我はこれからかの御仁らに厳しいお願いをしなくてはならぬのじゃから」

「……御意に」


 王様に制されて、宰相が不満げにしながら一歩引き下がる。


 うーん。やっぱり見たことがある流れだなぁ。


 王様に不敬を働いてキレる宰相と、それを笑って宥める王様。


「これ……どこかで見たような展開ですね」


 彼女も同じことを思ったらしい。


 また小声で話しかけてきた。


「……こほん!」


 宰相がまたわざとらしい咳ばらいをして、彼女は慌てて姿勢を正す。


 すると、ようやく王様が本題を切り出した。


「今日呼び出したのは他でもない。そなたらには魔王を討ち倒して欲しいのじゃ」

「魔王……?」


 彼女は首を傾げる。


「そうじゃ」


 王様はそう言って、この世界が置かれている状況を説明した。


 人類と魔族が争う世界。先代の勇者によって封印されていた魔王が目を覚まし、世界は広い闇に覆われようとしていた。


 人類側も抵抗を続けているが、魔王の力は強大で、次第に戦況は人類側に不利な状況となる。


 そんな中、勇者の力を受け継いだ者の情報が流れ、世界はその勇者に魔王討伐の期待を寄せることとなる。


 それが僕の隣にいる女の子らしい。


 一応言っておくけど、あくまでここは非現実。夢の世界。


 この世界は彼女が作った世界であるからして、彼女の中でそう言ったストーリーの中の勇者になりたい願望があったからこうなっただけ。


「なるほど……それは許せませんよ!」


 話を聞き終わると、彼女は声高々に宣言した。


「悪い魔王さんは、私が倒して来ます!」


 こいつはすぐに感情移入するタイプの人間なんだろうか。


 先ほどまでは、この世界ってなんですか? とか言ってたのに、王様からこの世界の実情(おそらく彼女の妄想によって生み出された架空のもの)を聞いた途端、この変わり身の速さである。


 まあ、言ってしまえばこの世界は彼女の妄想なわけで、この流れはある意味既定路線ではある。そうしないと話が進まないから。


「そうかそうか。やってくれるか!」


 王様は新たな勇者の誕生に肩を撫でおろす。


「して……偉大なる勇者の名前を教えてくれぬか? 勇気ある者の名を、この国と、そして我の心に刻みたいのじゃ」


 あれだな。これは初めから名前が決まってないタイプのRPGというわけか。


 フルボイスのRPGなら、自分でつけた名前は呼んでもらえないタイプのあれ。


 おい、ねぇ、君、お前、とかで呼ばれる悲しいやつ。


「名前ですか……」


 彼女は少しだけ悩んだ後、僕の方にチラリと視線を向けてから言った。


「私のことは……ヒカゲと呼んでください」


 ヒカゲ……名前にしろ苗字にしろ珍しいな。


 というか、よく考えたら僕たちは自己紹介すらしてなかったのか。


「なるほど、そちらの賢者殿は?」


 王様が僕を見る。


「じゃあ、僕のことは司で」

「そうかそうか。では、旅へ出る前に、我からささやかなプレゼントを授けよう」


 王様が一度指を鳴らせば、僕たちの身体が眩く輝き始めた。


「な、なんですか!?」

「旅に出るのに、その恰好では心元なかろう。勇者には勇者の、賢者には賢者の、相応しい格好と言うものがあるのじゃ」


 やがて光が消えるころ、僕たちの格好は全くの別ものになっていた。


 ヒカゲはRPGの女勇者のような、質素ながらもどこか貴賓を感じさせる衣装を纏っていた。


 視線を下に動かせば、短すぎないスカートの下からは黒いタイツが覗き、動きやすいのかわからないゆったりとしたブーツを履いている。


「その……ジロジロ見ないでください」


 なぜか警戒された。


「いや、スカートの下はタイツ派なんだなぁ……って思って」

「なんですかその寂しそうな目は?」

「実は……僕、生脚派なんだ」


 絶対領域とか、タイツを履いている方が逆にエロイとか、そんなのは所詮まやかしだ。女の子は生脚の方が絶対いい。


「たしかに、黒いタイツは脚を細く見せる効果があると聞くけど、それでも生脚の方が魅力だと僕は思うんだよ」

「何の話ですか!?」

「君の衣装に対する僕の所感だ」

「脚の話しかしてないですけど!?」


 言われてみればそうだった。


「……似合ってないですか?」


 なぜか不安そうに僕を見る。


「いや、まさにRPGの勇者っぽくていいと思うよ」

「そ、そうですか」


 ヒカゲは嬉しそうに頬を緩めた。


「えっと……その、司さんも似合ってますよ」


 言われて、自分の衣装を見てみる。


 ……全身黒ずくめだった。中のシャツも、羽織っているローブも全部黒。暗黒を衣装にしたらこうなりそうな感じ。


 ヒカゲはおかしそうに笑っていた。


「では、勇者ヒカゲ、そして賢者ツカサよ。世界の命運はそなたらに任せたのじゃ!」


 王様の号令を聞き終えた僕たちは、城を後にして街を散策した。


 そして装備を整えたのち、憲兵に見送られながら街の外へ。


「さて、これからどうしましょうか?」

「魔王を倒す大冒険に出ればいいんじゃないか?」

「あの……さっきも言ってましたが、これって本当に私の夢なんですか?」

「少なくとも、現実じゃないことだけは確かだろ?」

「でも、夢にしてはなんというか……色々リアル過ぎません?」

「それがこの世界の特徴なんだよ」

「この世界……ワンダーランド……でしたっけ?」


 ヒカゲが僕の顔を覗き込んでくる。


 よく見ると、ヒカゲは可愛いらしい顔をしていた。


「ふむ……」

「どうしたんですか?」

「いや、ヒカゲってよく見たら結構可愛いなって思ってさ」

「きゅ、急に何を言い出すんですか! そ、そんなことより! ここは普通の夢とどう違うんですか?」


 無理やり話題を変えてきたな。ヒカゲは褒められ慣れてないらしい。


「願えば何でも叶うってのは一旦置いておくとして、一番はここが夢の世界だと僕たち自身が理解できていることだろうな」


 ヒカゲは興味深そうに僕の言葉の続きを待っている。

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