第3話 ヒカゲクエスト②

 夜。僕はいつも通り家で晩御飯食べて、風呂を済ませて、明日の準備をしてベッドに入った。


 日常のルーティン。そして現実世界の僕は眠り、夢の世界の僕が目を覚ます。


 そこまではよかった。僕はたしかに夢の世界で目を覚ました。


 だけど、今日はそこからが違った。


 綾乃の世界であれば、僕たちの地元である千葉県の某所であることが多い。


「あれ……ここはどこだ?」


 どこか洋風な建物。近代ではなく、言うなればゲームのようなイメージを彷彿とさせる。


 街なのは確か。そして、遠い視界の先にはご立派なお城が存在している。


 道行く人の装いも、どこかゲーム然としている。


 甲冑を着込んだ屈強な戦士、ローブを纏い杖を背負った魔法使い、聖職者のような僧侶。と、どこかで見たことがありそうな雰囲気を漂わせていた。


 間違いなく、ここはワンダーランドだ。


 でも、綾乃が作りだした世界じゃない。


 もし綾乃の世界であれば、彼女は僕がこの世界で目を覚ました瞬間に目の前に現れる。


 まるで僕がそこに出現するのがわかっているかのように。いや、もしかしたら綾乃が僕の出現場所を操作しているのかもしれない。とにかく、昼間に天体観測をした時みたいに、ここが彼女の世界なら今目の前に綾乃がいないとおかしいんだ。


 しかし、綾乃はここにいない。即ち、ここは綾乃の世界じゃない。経験からくる予測。


「となると、ここは誰の世界だ……?」


 次の疑問は……というか最初から僕の疑問はそこだ。


 今までこんなことはなかった。あの世界は綾乃が作り出した夢の世界で、僕はその世界にお邪魔しているものだと思っていた。


 だけど、僕はべつの誰かの世界にお邪魔している。


 とてもファンタジックな世界で、現実離れしている世界へと。


「とにかく、散策するしかないか」


 もしかしたら、綾乃の悪戯かもしれない。


 たまには趣向を凝らしてみた、なんて言い出して音もなく背後からやって来るかもしれない。


 というか、そうであって欲しかった。そうじゃないと、色々とまずい。


「あれは……」


 そうして走り回ること幾ばくか、明らかにこの世界に似つかわしくない人間を見つけた。


 紺色のブレザーにスカート姿。ファンタジーな世界には似合わない学校の制服。


 しかも、あれは僕と同じ学校のものだ。


「あ……」


 辺りをチラチラ伺うようにしていた彼女は、僕と目が合うと目が合うと、犬のように僕のところまで走って来た。


「あ、あの! 突然すみません! もしかして、あなたもこの世界に迷いこんだりしてませんか!?」


 栗色の髪の少女は、僕を見つけて早速そんなことを言ってくる。


「まぁ、そうなるな。ってことは君もか」

「そうです! 私もです!」


 彼女は感極まりながら僕の手を掴んで上下に振ってくる。


 もしかしたら、彼女も誰かの夢に迷い込んだ可能性もある。


「家で寝たらいきなりよくわからない世界で目が覚めて、夢かと思ったのに色んな感覚が妙にリアルですし、なのに街の人は話しかけても同じことしか繰り返さないですし!」


 彼女は涙目で、僕と出会うまでのことを語ってくれた。


 彼女がこの世界に来たのは今日が初めてだということ。


 怖くなって街の人に話しかけても、同じことしか言わないこと。


 ここがどこかと訊いても、街のセール情報しか教えてくれなかった時は小便を漏らしそうになったこと。


 べつにそこまで言わなくても……と思う情報まで彼女は教えてくれた。


 でも、これでここは彼女の夢の世界で確定だ。


 理由は簡単。だって、ここはそういう世界だから。


「よかったぁ……ちゃんと話のわかりそうな人に出会えました」


 彼女が心底安堵したように肩を撫でおろす。


「さっきまで一人で本当に怖くて……だから、同じ状況の人に出会えて本当に安心しました」

「同じ状況、ね」


 迷い込んだのはそう。だけど、僕と彼女が同じ状況かと言えばそうではない。


「ところで、ここは……どこなんでしょうね?」


 周りを見渡しながら彼女が言う。


「端的に言えば、ここは夢の世界だな」

「へ?」

「強いて言えば、君が見ている夢の世界って言えばいいのかな」

「えっと……え?」


 当たり前だけど、まったくピンと来ていない反応だった。


 そりゃあ、いきなり変な世界に意識を飛ばされて、ここは君の夢だよと言われて信じられる人間はいないよな。僕も言ってから気がついた。


 それでも、事実には変わりない。


 少なくとも、僕にこの世界を生み出す道理はないんだから。


「この世界は君の想像が形になっている」

「いやいや。そんな馬鹿なことあるわけないじゃないですか」

「あるんだなそれが。心当たりはないか?」

「心当たりって……ん?」


 どうやら心当たりがありそうだった。


「いや、それはたしかに、今日は一日中勇者が魔王を倒しに行く王道RPGをやりましたよ! やりましたとも! 言われてみればたしかに私もこんな冒険をしてみたいなとか思って寝ましたよ! でも、それでこんなことになるんですか!?」


 わたわたと身振り手振りをしながら早口で捲し立てる。


「そうなっちゃうのがこの世界なんだよ」

「え……本気で言ってます?」

「本気で言ってる」

「え……えぇ……」


 彼女は困惑しているが、それ以外に説明しようがない。


「そして、僕はなぜかこの世界に迷い込んでしまった悲しい被害者だ」


 理由はわからない。だけど、僕はここにいるのも事実だった。


「ちょっと! 私も被害者ですよ!? 若干私を加害者っぽい感じで言わないでください!」

「でも、ここは君の世界だし」

「まだそれを言うんですか! 私は信じませんよ!」


 そこで、彼女がなにかに気づく。


「あ、でもその口ぶりだと、あなたは前からこの世界を知っているってことですか?」

「この世界とは別の世界だけどな」

「別の世界……?」

「そう。その子はこの世界をワンダーランドって呼んでたよ」

「ワンダーランド?」

「自分が願えば何でも叶う不思議な夢の国、だそうだ」

「はえぇ……それはとんでもない場所ですね」

「勇者様ああああ!」


 その時、甲冑を着込んだ兵士が僕たちのところへやってきた。


「はぁ……はぁ……」


 兵士は肩で息をしている。そりゃ、重そうな甲冑を背負って走れば疲れるよな。


 彼、いわゆるこの世界を彩るモブは僕たちみたいに無尽蔵な体力を持たない。


 走れば疲れるし、動けばお腹を空かせる。夢の世界の中の住人は僕たちのようなチート能力を持たない。あくまでも、この夢の世界を生きる住人として普通に生きているのだ。


 どちらかと言えば、ここでの異端者は僕たちの方だ。


「探しましたよ勇者様! 陛下が城でお待ちです。すぐに向かいましょう!」

「え、その、え? 勇者? 私がですか?」

「あなた様以外に勇者様がどこにいるんですか!」

「え……えっと……」


 彼女が恥ずかしそうに僕を見た。


「ここは君の願いが何でも叶う夢の世界だ」


 とりあえず、展開はどうあれ間違いない事実だけ言っておく。


「馬鹿にするように言わないでください!」

「悪い……」

「いや……そんなに素直に謝られると私も困ると言いますか……」

「ちょっと馬鹿にしてたのは事実だから」

「本当に馬鹿にしてたんですか!?」

「ちょっとだけな」

「そこは大事じゃないんですよ!? もう! 私の罪悪感を返してくださいよ!」

「勇者様、時間がありませんので早くこちらへ!」

「待ってください! まだこの人に文句をですね!」

「お連れの賢者様も一緒に!」


 そう言って、兵士は僕を見た。


「賢者? 僕が?」


 どうやら、ここではそういうシナリオになっているらしい。


 どうしたものか。この夢の行きつく先を、僕は一人考える。

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