第2話 ヒカゲクエスト①
身体が何かに揺さぶられて、僕は目を開けた。
覚醒しきってない頭で顔を上げれば、学校の教室で先生が授業の道具を片付けているのが目に入る。その他にも、クラスの面々は自由に席を移動して、仲のいい友達と談笑していた。
つまり、今は休み時間か。
「ふあぁ……」
あくびと一緒に伸びをして、眠たい意識を目覚めさせる。
段々と頭が働いてきた。
「おはよう……司君」
「おはよう。僕を起こしたのは青井か?」
まあ、それ以外の可能性はないんだけど。
「いい夢は見られた?」
丸めた教科書はさながら警棒のよう。
僕が起きなかったら、それで引っ叩かれたんだろうか。
「何度でも見たくなる悪夢だったよ」
「なにそれ? まあいいや……それで、司君はどうして授業中に昼寝をするの? そんなに学校が楽しくない?」
「べつに。ただ、僕には授業より大切なことがあるってだけ」
「寝ることが?」
「付け加えるなら、夢の中で大切な幼馴染と戯れることが」
「え……?」
ドン引きするような声音。
「頭……大丈夫?」
「僕は大丈夫だと思ってる」
「なにか辛いことあった? 保健室行く?」
「青井の耳って結構遠いんだな」
でも、保健室に行けばまたあの世界で綾乃と戯れることができそうだから、それはそれでありかもしれない。
「でもまぁ、そう言うならお言葉に甘えて……」
体は健康そのものだけど、せっかくなら青井の言葉に従おうとして席を立った瞬間――。
「やめとけ委員長。こいつ、保健室に行けば眠れてラッキーくらいにしか思ってないぞ」
横から新たなる刺客がやって来た。友達だけど。
「
僕の華麗なる計画を邪魔してくれたので苦言を呈す。
「高校生たるもの、真面目に授業を受けないとダメだぜ?」
快活に笑って正論を説いて来るこの男は、
ちなみに、こいつも授業中に寝てるのを僕は確認している。
だから、僕としては同じ穴のムジナだと思ってるんだけど。
「司君……それは本当?」
「本当って言っても、僕を殺さないでくれよ?」
ここは夢の世界じゃないから、死に直面するイベントが起これば本当に死んでしまう。
だからその丸めた教科書を大きく振りかぶるのはやめて、いったん落ち着いて世界平和について一緒に語ろうと思うんだよ僕は。
スパァン! 気持ちのいい音がクラス中に響き渡った。
みんな一瞬だけこっちを見て、「あぁ……いつものやつね」と言った感じですぐに自分たちの世界へ帰っていく。
「……青井のせいでまたクラスの連中に変な目で見られたじゃないか」
「それで司君がクラスに馴染んでくれるなら、いくらでも叩いてあげる」
「これで僕がクラスに馴染めると思うか?」
うわ……関わらんとこ……と思われるのが関の山じゃないかと。
「少なくとも、司君自身が前向きになってくれるかもしれない」
「ポジション的に、僕は前しか向けないよ」
なにせ一番後ろの席だから。
「心の話だってわかってるでしょ!」
「そうだったのか?」
「すっとぼけないでよ!」
「なんと言うか、隆晴って図太いよな」
廣瀬が呆れを含んだトーンで言う。
「僕は繊細だよ。だから友達が少ない」
現にニ年生になったこの春。クラスでは既にグループが出来上がっているのに、僕はどこのグループにも属していなソロプレイヤーで、友達と呼べるのは二人しかいない。まあ、今目の前にいる二人なんだけど。
「なにが繊細よ。周りを寄せつけない負のオーラを出してるだけでしょ?」
「……僕はそんなオーラを出しているのか?」
「出してるから誰も話しかけに来ないのよ」
「でも、青井や廣瀬は話しかけてくれるだろ?」
「俺は隆晴がいい奴だって知ってるから」
「周りを寄せつけないは否定してくれないんだ?」
「それは自分の胸に訊いてくれ」
否定してくれなかった。
「そうすると、異端児は青井ってわけか」
「私はクラスに馴染めない司君を放っておけないだけ!」
「どうして?」
「それは……」
一瞬言葉に詰まって、青井は隣の席を見た。
4月中旬。クラス替えがあってから、一度も来ていない隣の席の女子。
女子ってことだけはわかってるけど、名前は思い出せなかった。
授業など聞く必要はない、と登校を拒み続けているファンキーな女子ということだけはわかる。去年も同じクラスだった青井が言うには、イジメとかでは全然ないらしいから。
「大丈夫。放っておいても僕はちゃんと学校に来るよ」
「だからこれからはそっとしておいてほしいと?」
「話が早くて助かる」
「でも残念。私は不真面目な生徒を放っておけないの」
「僕は毎日大真面目に生きてるんだけどなぁ」
「そう見えないから言ってるの!」
「廣瀬はどう思う?」
「そうだな……隆晴は雰囲気が淀んでる」
雰囲気が淀んでるってなに?
「……友達に言葉のナイフで傷つけられたから、僕は保健室で治療してもらうとするよ」
そのまま二人の横を通り抜けようとしたら、首根っこを掴まれた。
ぽへぇ。ニャオンの残高が足りなかった時のような情けない声が出る。
「こら、言った側からサボろうとするな」
「夢の中で幼馴染が一人寂しく星を眺めながら僕を待っているんだ。呼ばれたら応えないと男が廃るだろ?」
「……サボリの言い訳としては全然だめね」
「本当のことなんだけどな」
結局、そのあとはちゃんと授業を受けさせられた。
誰に言っても理解されない。僕と彼女だけのワンダーランド。
そう思っていた。今日の夜までは。
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