何でもできる夢の世界を創った君と、その世界を滅ぼしたい僕のラブコメ

国産タケノコ

第1話 真昼の天体観測

 初めに言っておくと、今僕がいるこの世界は現実ではない。


 立ち並ぶ家は明らかに僕の近所そのままだし、肌に纏わりつく夜の空気感だって現実に近い。でも、ここは現実じゃない。


 じゃあここはどこなのか。答えは簡単。


 僕、司隆晴つかさたかはるは夢の世界にいる。


 ただ、ひとつ言葉を補足するのであれば、これは僕の夢ではない。


「やあやあタカ君! 今日も待ってたぜ!」


 花森綾乃はなもりあやの。僕の幼馴染。幼さが残る人懐っこい顔で、彼女は今日も僕を迎え入れる。


 綾乃は長い髪を揺らして笑う。ずっと変わらないその姿で。


 人が夢を見る時、本来それを夢と感じることはできない。なんだかよくわからない現象が起きていたとしても、特に疑問に思うことなくそれを当たり前として脳が処理する。それが夢だ。


 学校の同級生にバイト先の先輩がいたとか、そんな摩訶不思議な状況になったって、夢は全てを正当化してくれる。認識のバグとして。


 僕のことをタカ君と呼び、今まさに僕の目の前で地面から空へ虹の橋を架けた少女こそ、この夢の主にして世界の創造主。


「今日は一緒に星を見に行くんだっけ?」


 綾乃は満足気に首を縦に振った。


「そう! だからこうして最短ルートを構築したってわけですよ!」

「相変わらず、なんでもありな世界だな」


 まず、常識的に考えれば、地面から空に虹の橋を架けたことを突っ込むべきなんだけど、それを言い始めたらキリがない。だってこれは夢だから。夢ってのは大抵なんでもありだ。特にこの世界はそう。


「うん。とても素敵な世界だよね」

「あぁ……そうだな」


 夢は、夢を見ている本人のイメージが投影される世界。


 これは綾乃の夢だから、全ては綾乃の意思によって形作られる。


 ここは、綾乃が願えば何でも叶う夢の世界。


「虹の橋を渡って星を見に行くって、結構ロマンチックだと思わない?」

「まぁ、現実じゃ絶対に体験できないことだとは思う」

「だよね! やっぱり、なんでもできるってのは最高だよ!」

「……それはよかった」


 僕は曖昧に笑った。


「それより早くいこ! この橋を昇って行けば、きっと星が綺麗に見えるよ!」


 綾乃は僕の手を取って、満点の星空へと続く虹の橋を駆け上がる。


 速く。速く。ずっと全速力。だけど体力は途切れない。


 この世界には、そもそも体力という概念が存在しない。


 だってそうだろ? 普段夢を見ている時、例えば悪者から追われている時に走って逃げていても、追われる恐怖は感じていたとしても、体力が切れて捕まることはなかっただろ? つまりここはそういうところなんだ。


 やがて、地面が豆粒以下になるところまで走ってくれば、丁度虹の橋の頂点にやって来た。


 綾乃はその端に腰かける。足は橋の外へ放り出している。


 強風が吹いたら、うっかり落っこちるかもしれない。


 某配管工のレーシングゲームよろしく、レインボーロードにガードはない。


 ただ、僕もこの世界にお邪魔してからだいぶ期間が経っているわけで、この世界では命が尽きることはないともう知っている。


 僕も綾乃の隣に腰かけた。危ないことをしているのはわかってるけど、やはり死なない安心感があると、人間の恐怖心はバグるらしい。


「綺麗だね……」


 綾乃は空を見上げる。


「そうだな……」


 不自然なほどに、星は輝いていた。


 現実のようで、やはり現実ではない星。


「今のはさ、君の方が綺麗だよ。って言うところだよ!」

「綾乃の方が綺麗だよ」


 こんなまがい物の星よりね。


「指摘されないで言えるようになったら完璧だね」

「善処するよ」


 その時、不意に目の前の景色が霞み始めた。


「ごめん、どうやら時間みたいだ」


 これはいつもの現象。夢から現実へ、僕の意識があるべき場所へ戻る合図だ。


 要は、現実の僕が起きようとしているから、夢の僕の意識が消えるわけだ。


「えぇ……早くない? まだ来たばかりだよ?」

「僕の世界では、今は昼過ぎなんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、それに合わせよっか!」


 綾乃がパチンと指を鳴らせば、夜だった世界が一瞬にして青く澄み渡った景色へと変わっていく。


 でも、星の輝きはそのまま。


「真昼の天体観測も味があっていいね!」


 楽しそうに笑う綾乃。だけど、僕の意識はどんどんとまどろんでいく。


「タカ君もさ、もう少し気楽に楽しんだら? せっかくの夢の世界だし!」

「僕は現実主義だから」

「夢がないなぁ……じゃあ、また夜にね」


 ばいばい。綾乃の言葉を最後に、僕の意識は完全に途切れた。


 ワンダーランド。綾乃はこの世界をそう呼んだ。


 望めば何でも願いが叶う夢の世界。理想郷。


 しかし、所詮は夢。起きたら全てが幻と消える泡沫の世界。


 なら、この悪夢はいつになったら終わるんだろう。


 君がいない現実に帰る途中、僕は一人世界を呪う。

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