第18話 ゾロアスターの眼 その1
宮内庁に戻ったボクは“教授”とバディを解散し一度自分のデスクに戻って今回の事件についての報告書作成を行うを進めていたのだが、調査班から連絡が入ったのでゆっくりする間もなくおっとり刀で向かう事となった。宮内庁特務機関の庁舎は社屋というより完全な仏閣を踏襲した建築デザインなので専門棟から専門棟までの距離が長い。鉄火場に出動していた身からすると途方もなく疲れる距離ではあったが、霊的な守護を確保するには広さが必要なようで。平屋造りの仏閣は広ければ広い程に格が高いのだとか。
この敷地面積を全て田圃にすれば食料自給率だって向上するんじゃねーかと常々考えていたが、自給率に関しては作れば良いという話でも問題でもないらしい。
__閑話休題。
「来たね、“探偵”のボン。疲れてるところ悪いと思ったけど、現場に出る調査要員への報告は最優先に、だ。付き合って貰うよ?」
「御無沙汰してます。“鑑識”の姐さん」
白衣に黒縁眼鏡。
長い髪を一つに纏めて結う姿は侍のようで。
何より、四十路過ぎなのに外見年齢が小学生。
多分、不老不死の秘薬を飲んだか夜な夜な若い娘の生き血を吸っているのだろう。
漫画みてえなキャラ設定だった。
「まずはボンが見つけたヘブライ語だが、これは難無く解読が出来た。アヴェスタの一部だと言って、ボンに伝わるかい?」
「ゾロアスター教の経典ですよね?イラン辺りで信仰されていた最古の宗教でしたか?」
「そう。善神と悪神が戦う間で人は生きるを基礎理念とした古い教えだ。宗教というより神話に近い体系なのかもしれないね」
「イラン辺りなら、ヘブライ語も間違いではないんでしょうか?でも確かゾロアスター教は火を崇拝するんでしょ?犯人であり兇器なのは水銀ですよ?」
「形状が液体でも金属だからねえ。それに金の五行に命を吹き込むのは火の五行だ。ゾロアスター教が火を崇拝するならば、金属を変質させるに矛盾はないさ」
姐さんはタバコを吹かしながら言う。
しかしゾロアスター教は宗教で魔術は学問だ。そもそもゾロアスター教出自の魔術師がいるなんて話は聴いたことが無い。それに同じ最古の教えであるヒンドゥー教とは違って既に消失している信仰体系だ。
まあ、確かに。
火を崇拝するならば。
金属に命を吹き込むのは、矛盾しないが。
だが矛盾しないからと。
それで問題なしともならない。
あの水銀が死んだとは限らないし。
あの水銀で最後だとも限らない。
「ボン、魔術が重ねた歴史によって強化されるのは知ってるだろ?人々の認知度により、魔術は厚みを増す。年輪が増幅器となるのが魔術だ。其処でゾロアスター教だよ。全ての宗教の元になったとさえ一部では評価されるようなものがだ。今回の事件に関わるとするならば、ボンは人類史そのものを相手にするに等しい。そんなもの、プチッて潰されるのがオチだよ?」
「確か、悪い神様がアーリマンでしたか?ボクがその神様と戦うとなればプチッも解りますけど、犯人が神様そのものではないでしょう?」
だったら終わりだ。
神様相手に何をしろってんだという話である。
チェーンソーでバラバラにはならない。
「いや。その悪神が抱える特性が拙いんだよ、ボン。先も話した通り、ゾロアスター教は善い事と悪い事の間で人間が生きていくを根幹としている。概念を神様に置き換えただけだからね。悪い事は全部、その悪神の仕業だとする価値観というか宗教観だ。さて、ボン。我々が相手にしている魔術師とは自身が正義だと感じているのだろうか?自身は日本に移住するだけの正当な権利を有しており、自身は日本に恩義を返したいと願う善人なのだろうか?その答えはノーさ。彼等は自分達が悪党だと認識している。彼等は自分達の行いが悪行だと認知している」
そりゃ、そうだ。
善人なら宮内庁に特務機関は発足してない。
ボクは黙って頷いた。
その通りだと。
「つまり、ゾロアスター教関連の犯罪行為は全部、その悪い神様の行いになる、と?」
「元々がそういう神様さ。犯罪、戦争、疫病、飢饉、貧困。そうした人々が直面する悪い事は全部、その神様のせいだ。“だから水銀の事件、これも悪い神様の行いになる”という論理展開だね。ま、論理展開とかはボンの領分なんだろうけどさ?」
そんなん、どうしろと言うんだ。
魔術は歴史で増幅する。
抱えた概念で増幅する。
水銀。
実は悪い神様入り?
そんなお得感は必要ない。
バイキンマン入りとかの話ではない。
「その悪い神様は“二億六千万の悪”と直訳すれば表記される。それとボン、アーリマンという呼び名は英語圏での呼び方だ。正しい名を“アンリ・マンユ”という。憶えておくといい」
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アブラカタブラ・キャンセラー 居石入魚 @oliishi-ilio
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