第13話 悪戯と邪戯 その2

 巻き込まれる民間人には申し訳ないし、申し訳ない以上に何も言える立場にないのだが、水銀遣いを水銀遣いであると確認するにはこれしかない。こんな大規模な仕掛けをやっておきながら何が暗殺だよと言われそうだが。

 究極的には。

 機関が犯人だと露見しなければいい。

 なにか証拠を残したとして。

 それが宮内庁の特殊作戦群に依る仕業だとバレなければいい。

 こんな事を話せば戦闘員で戦闘狂の“人斬り”辺りは『ワザと証拠を残して魔術師にカチコミかけさせたらええやんけ。ほんならワイが片っ端からバラバラにしたるでぇ?』とロックなセリフを吐くのだろうが。

 ロケンロールな露見。

 そんな小ネタの為にリスクは冒せない。

 ロックンロールな暗殺なんか、そもそも暗殺じゃない。

 目立ってダメ。

 これ、鉄則である。

 

 __閑話休題。


 スプリンクラーを作動させ、貸ビルが阿鼻叫喚の地獄絵図となったのであろう悲鳴と断末魔の二重奏が聴こえたのでボク等チームも潜入を開始した。民間人に犠牲者が出たとしても救助は出来ない。人質を助ける、が任務内容に入っていないのだ。我々の目標は魔術師であり、我々の目的は殺害である。

 だから大規模なトラップに合わせた。

 ま、こんなのは。

 潜入というか。

 突入だったがね。

 「“探偵”君は聴いたことがあるかい?我々のような公務員の仕事は常に手遅れだと」

 「今、話さなくちゃならないような事ですか?」

 「民間人の方々が輪切りにされたり顔を灼かれたりしている惨状だから、さ。見たまえよ。床に水銀が這うように続いている。防御反応をした証だ。自身を水銀で覆ったか、それとも水銀で自身をコーティングしたか」

 覆ったならば、そのままで移動は出来ない。

 ならば後者だ。

 「それでどうしたんです?」

 「身近なヒーローとしてお巡りさんがいる。彼等警察は事件が遭ってから現場に入る。交通事故、夫婦喧嘩、違法薬物、そして殺人事件。被害者が出てからじゃないと動けない。社会という肉体に炎症が起きて、漸く動ける。抗生剤のようなものだ」

 「まあ、そりゃ確かに。警察内部に未来視が出来るエスパーが居たならば、先んじて犯罪の芽を刈り取るのも出来そうですが」

 「未来視が出来ても不可能さ。お巡りさんが逮捕状を持って容疑者に何と説明する?『君は三日後に交通事故を起こす。だから逮捕する』なんて言われて御覧よ。お巡りさんが気は確かかと疑われてしまう」

 「それ、税金使ったコントすよね……。」

 容疑者は逃げもしなければ抵抗もしない。

 多分。

 純粋に、怒ると思う。

 それか、笑うと思う。

 「予防が出来ないのさ。正義の味方は悪者に対してね。しかも魔術師という難民以上に厄介な存在を受け入れた日本は沢山のバイキンマンをガブ飲みしてるような状態だ。ならば我々機関は抗生剤か?答えは否だ。我々だけは、外科手術でバイキンマンを処置出来る。本当ならば予防が一番なのだがね」

 そりゃそうだ。

 風邪に効く特効薬があったとして。

 風邪に罹患したら辛いのは変わらない。

 風邪にならないのが一番だ。

 しかしながら。

 犯罪の予防は出来ない。

 どうやっても。

 「だからこそ、直接介入する部隊が宮内庁に作られたんじゃないですか?」

 「だとしても、宮内庁が犯罪の予防に動く事はないさ。陰陽庁の名残でしかないからね、我々が宮内庁所属なのも」

 「そういや“土御門組合”や“葛ノ葉一派”は動かないの何故なんです?普通に日本、ピンチっすよ?」

 「動かないのではなく、動けないが正しい。彼等は平安から日本を守護してきた専門家には違いないがね。魔術師と戦った歴史が無い。少なくとも近代まではだ。虎の子の陰陽師が負けちゃったなんて記録に残れば、それこそ魔術師側が勢いづく」

 「だからボク等、鉄砲玉が頑張る、と?」

 「若手の辛いところさ。体当たりロケやドッキリは若手の仕事だ。それにもしやらかしても、責任は上役にまで届かない」

 「……公務員、楽しいっすね。」

 「ああ。現場は特にね」

 水銀の跡を追う。

 ナメクジの這った跡に似ていた。

 蒸気の熱と。

 斬られて噴き出した血と。

 混ざらない。

 鈍色の痕跡。

 

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