第7話 水銀魔術とボクの超能力 その2
結論から先に述べれば。
鏃となって飛散した水銀が皆を射抜く事は無かった。
「っぶねー!ギリギリセーフ!」
「本当に便利な能力だね……」
硬く変質した鏃は粘性の液体へと徐々に変化していく。『牧草を丸めたロールに刺さったままの水銀が、牧草に絡まる』のを視認。
ボクの超能力だ。
“イメージの具現化”
当然、無から有を生み出すのは神様にしか出来ない。だからボクが具現化出来るのは数秒だけに限られる。最近では個人の持つ心象風景の具現化などという禁術が流行りのようだけど、そんな大規模な能力じゃない。本当に混じり気なくイメージの具現化だ。それも現実に存在する事象や物体だけである。
「投影魔術とは違うのかい?かなり似た力だと私は認識しているが?」
「あれは存在していなくても概念を形にする事が出来るようなズルでしょう?具現化系としては同じかもしれませんけど、説明するならサッカーとフットサルみたいなもんです」
「ふむ。君は無限の剣製とか使えるのかなと勝手に期待しているのだがね?」
「ホントに勝手すね。イメージの具現化だけです。魔術じゃない。超能力なんすから」
だから、農業雑誌を読んでいた。
より詳しく。
より精密に。
より緻密で。
より綿密な。
牧草ロールを形にする為に。
「こうして君に命を救われるという状況は珍しくないんだがね。しかし何故、今回は牧草ロールなんだい?それこそミリタリー雑誌でも読んで軍用の装甲板を具現化すれば良かったじゃないか」
「素材が単一じゃないんでイメージしても粗くなります。鉄板とコンクリを同時にイメージは瞬時には無理ですし。流体力学的に牧草ロールなら止める事が出来ると計算したからというか」
「ふむ。聴こうか」
「んじゃ、現場検証をしながらで。まず、こんなに水銀をダラダラと現場に残すのが不思議であり不自然でした。先程のお話にある通りに『遠隔操作はプログラミングされた動きしか出来ない』を大前提と踏まえ、ならば捜査を行う者に対するトラップだとしか目的は見つからなかった」
“教授”はハンカチを簡易的なガスマスクにしつつトロリと垂れる水銀を注意深く観察し、やがて消えた牧草ロールに染み付いていた水銀もまた、重力に従いボトボトと落ちる様を眺めていた。
「なる程ね。粘性のある流体だから牧草で絡めとったわけか。そも、コンクリや鉄骨をくり抜く破壊力を持つのは容量が十全にある場合に限られる。掃流力やスカラー定理、ベルヌーイ定理に運動量保存則。様々な流体力学式があっても共通するのは“流れる物体が多いと力も増えるよ”って話だろうからね」
「しかも牧草ロールを盾にした場合、固定されていないので力を逃がすんです。暖簾に腕押しに、糠に釘じゃないですけど。“ベクトルを受け止めず受け流しつつ、更に物体の容量を微量ながら減らし、連撃を弱体化させる”には牧草ロールしかなかった。カカシを沢山具現化しても良かったんですが、カカシだと貫通する可能性がありまして」
本当にギリギリセーフだった。
少なくとも、お巡りさんに被害は無い。
被害があるとすれば。
ボクに頭痛が残るぐらいか。
「やはり最強の能力だよ、“それ”は。例えばだ。魔術師が集まる地域を政府や公安が特定したとしよう。数秒しか具現化出来ないとしてもだ。君が魔術師が集う地域にヒロシマ・ナガサキ級の核爆弾をイメージすればどうなる?数秒で充分、魔術師を皆殺しにだって出来るわけだろう?」
「ボクが知らない概念はイメージ出来ないのでなんとも。原爆投下の描写が残るのは『はだしのゲン』のアニメぐらいでしょう?あのアニメを観たことはありますが、あまりに現実離れし過ぎていて具体的にイメージが出来ないんです。なんすか、光を浴びたら融ける爆弾って」
だから日常生活に存在するものしか具現化は出来ない。エクスカリバーを具現化出来ないのと核爆弾を具現化出来ないのは同じだ。ボクが知らない上に、ボクがイメージ出来ないのだ。
スケールがデカ過ぎる。
そもそも。
そんなもん具現化出来たらズルもズルだ。
経験したらイメージも可能かもしれないが。
んじゃお前が経験したらイメージ出来るだろ、という御意見は尤も。
確かに。
毒ガスや爆弾を経験したら。
イメージは可能かもしれない。
大前提として。
生きていれば、だが。
狂わなければ、だが。
「遠隔操作はプログラミングされた動きしか出来ない。犯人は捜査されるを見越して水銀を少量現場に残した。我々を殺す為にね。けれど君が農業バリアで防いだ。ならば、犯人は次にどう碁石を打つ?」
「定石であるトラップを防がれた。遠隔操作ならば死んでないのも知られているでしょう。ボクならば、町から出ます。全ての痕跡を消して」
「まあ、そうなるか。しかしだよ?被害者を狙った動機は何も解ってない。被害者が何者なのかも、警察の報告待ちだ。リーディングの結果もね、この倉庫が犯行現場で間違いないというだけだった。犯人特定には至らない。さ、どうする?“探偵”君?」
値踏みをするような眼差しだった。
嫌な眼だ。
エゴの塊で。
好戦的で。
挑発的で。
事件に個人を持ち込む辺りが最高に人間だ。
捜査に競争を持ち込む辺りが最高に人間だ。
「そうすね……。」
ボクは言った。
「死んで貰いましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます