第6話 水銀魔術とボクの超能力 その1
水銀。
古くから。
始皇帝が探した不老不死の原材料として、また数多くの錬金術の材料として、そして怪物を倒す銃弾の材料として、第一素材として世界中に記録が残る“常温で液状の金属”である。また熱に敏感に反応し体積を上げる特性を利用した体温計は昭和終わりの時代まで人々の生活を支え活躍していた。
しかし、水銀は非常に強い毒性を持ち蒸気を吸込めば脳に損傷を与える。重金属が人間にとっての毒だと広く知られる理由になった存在だとも呼べよう。
「けど、水銀でコンクリ抉れますか?」
「魔術師が古くから研究を重ねていた対象だからね。世界中何処でも水銀に関する魔術体系は確認出来る。特に水銀を使役する術は錬金術師にとったら基礎みたいなものだ。鋭利な刃物に変形させたりドリル状に変形させたりすれば不可能ではない筈さ」
珍しくもないが。
厄介だった。
錬金術という魔術体系は。
性質変化ならば対応も容易だが。
形態変化は証拠が弱くなる。
ミステリ御用達、尖った氷ではないけど。
錬金術師が犯罪者の場合。
この形態変化で兇器を生み出すのが一般的だ。
そして水銀なら。
形態変化は確かにさせやすい。
「使うのが水銀なら持ち運びも古い体温計かなんかを忍ばせておけば良い、か。凍らせておけば大量であっても縮みますからね……」
「リーディングで視えたのは場の残留思念だけだ。被害者の残留思念は時間が経ち過ぎているからか掴む事は叶わなかった。最初に視えたのは太くて長いミミズのような水銀が壁を破壊して現れた場面だ。コッチに来てご覧?」
“教授”に促されるまま、ボクは穴だらけの現場を進んだ。水銀がまだ残るならばと着ていたトレーナーを顔に巻きつけ即席のガスマスクとして。
「被害者を読めないのは痛手ですね」
「時間経過が無くとも即死ならば残留思念も残らない。言った通りにそれほど万能ではないんだ。だけど場に残るだけで状況証拠は多く得られる。例えば、コレだ」
彼が示したのは兇器が最初に現れた壁。
その、向こう側にある小部屋だった。
小部屋というか。
普通に倉庫のような、普通に物置小屋だ。
「さて、君ならば解るね?犯人は此処にいた。ならば自ずと『魔術師が何処に潜むのか』は解が得られる」
「倉庫を利用出来るのは職員だけ。つまり職員の中に魔術師がいる。まあ、職員に変装していたり偽装していたりの可能性は残りますが。しかし、兇器だけを倉庫に残し遠隔操作で操った可能性もまた残ります」
「それはね、有り得ない。遠隔操作になれば予めプログラムされた動きしか出来なくなるのが使役術だろう?精密な挙動は出来ない。事件現場に出来た穴と被害者の損壊箇所を照らし合わせるとね、無駄な動きをしていないんだ。『犯人は被害者だけを狙っている』のが解る。使役術の専門家ならば精密な遠隔操作も出来るかもしれないが、犯人は水銀を使う錬金術師だ。その線は無いと視ていい」
ならば犯人はこの部屋に潜んでいた?
兇器の水銀を側に待機させて?
「んじゃ、もうこの部屋をもう一度リーディングすれば事件は解決するのでは?」
「またズルい事を考えるね。ま、既に試してある。だけど加害者は思念を残さないんだ。あまり期待しちゃいけない」
ズルというか。
楽したいなと考えただけなんだけど。
まあ犯人が此処に居た場合、ボクはボクで少しの可能性に対し予防策を用意しなくてはならない。風通しの良くなった建物は鉄骨が剥き出しになり、その剥き出しさえ綺麗な円形に抉られている。
水銀魔術、破壊力だけでいうならばルーンやアルカナの比じゃない。
単純な物理での殺傷。遺体の損壊箇所が四なので殺意は高く明確でもある。こんなもの、トンネル工事に使うパイルバンカーを四度撃ち込むのと何が違うのか。殺すだけなら一発だけで充分だろうに。つまり犯人は殺す以上の感情を被害者に向けていた。そして躊躇なく実行に移した。
それだけ攻撃性の強い人物だとの証明。
ならば尚更。
予防策は完璧にしなくては。
「ん?何をやってんだい?こんな時に農業雑誌なんか読んで」
「一般人は勿論、捜査協力をしてくれているお巡りさん達の命を護るのも機関の役割です。しかも相手はコンクリと鉄骨を抉るような武器を使う。それ以上の物を用意しなければ皆を護れませんから」
「ああ、『充填をしていた』のか。便利な物だね、その力は……」
「クーリング・オフしたいですけど」
“教授”のリーディングが完了し。
正に彼が言の葉を紡ごうとした、その時。
現場に残る少量の水銀が。
尖った鏃のように形を変え。
四方八方に向けて勢いよく爆ぜたのだった。
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