第2話 わかりました転生します

「転生……ですか」


「そうだ、転生だ」


「はあ」


 沈黙が流れた。

 ヤバイ、なにか喋らなきゃ。


「あの……」


「何かね?」


「転生って、あの転生ですか?」


「そうだ、その転生だ」


「えっと……その……」


 ダメだ! 会話が続かない!

 俺は自分の手のひらを見る。どう考えても五体満足だ。

 つまり転生って事は……。

 いやだ、怖い事考えたくない。

 とりあえず機嫌をとるために会話を……。


「えーっと……その……ははは、そうですね、転生、流行ってますね最近」


「そうなのかね?」


 訝し気な気配でこちらを覗き込む山羊男。やばいやばい! 言葉を間違えたか!?

 と、取り敢えず、怖いけど一番気になる事を聞かないと!!


「あの、なんというかですね」


「うむ」


「今、俺はまだ生きてると思うんです」


「うむ」


「その……転生ってつまり」


「ああ、これから君は死ぬから」


「死ぬの!?」


「うん、死ぬよ」


「え!? 死ぬの!?」


「マジマジ」


「え!? 突然俗っぽい!?」


 山羊男は、ふふふ、と楽しそうに笑っている。

 なんだろう、すごく怖い事言うんだけど、悪いやつには見えないんだよな。

 見た目は凄く怖いんだけど、声は見た目に合わず中性的な感じで、言葉や態度は更に見た目に合わず優しいというか何というか……。

 今もそう、俺は会話が遅いというか、考えすぎるから会話のテンポが悪いって自分で分かってるんだけど、この山羊男はイライラなんかせず待ってくれるんだよな。

 いや、今までも待ってくれる優しい人は少ないけど居た。でも、『あなたの為に耐えてる』っていうのが、なんとなくわかるんだ。

 けど、この山羊男は耐えているんじゃない。俺という人間を楽しもうとしている?

 ちょっと表現しにくいけど、本当の意味で受け入れてくれているような、そんな深い何かを感じる。

 だから、俺もなんとなく気楽に質問をした。


「えっと、それって僕の運命が近々死ぬ運命だとか?」


 山羊男は首を振って否定する。


「いいや、そんな事はない。今、君の背後にある扉が、君のマンションの扉と繋がっているからね。開ければ、いつも見慣れた君の家の玄関が見えると思うよ」


「そうなんですか」


「けれど、その扉を開いたら、二度とここには戻ってこれない」


「そう、ですか」


 山羊男はそこでぐいっと身を乗り出した。


「転生。いや、言い直そうか。別の世界で、人生をやり直してみたいと思わないかい?」


「……」


 まさに悪魔の誘いだ。優しくて、でもなんだか怖くて、そして魅力的な提案。

 だって、俺はこれまで何度も何度も、人生を最初からやり直せたらと後悔して生きてきたから。

 でも、怖いし、騙されているのかもしれない。考えれば考える程わからなくなって、気付けば足が震えていた。

 その様子を見て、山羊男はふむ、と頷き、一体のマネキンとカードを取り出した。


「まあ、楽に考える事だ。一応、キャラクターメイキングを先にしてしまおう。それからどうするか考えるといい」


「キャラクター……メイキング?」


「そうだ。君はかなり逸材でね、変換させる際のエネルギーが……分かりにくいか、キャラクターに割り振るスキルポイントの初期値が高い、という感じかな」


「随分ゲームみたいな感じなんですね」


「そうだね。実際世界の創造や維持なんてゲームだよ。そして私は君に分かり易いように外側というか、デザインをゲームの様に見せているだけで、法則や原理は少しややこしい」


 ちょっとよくわからなくなった。というか世界の創造とか維持とか、なんかすごい事を言わなかったか? 悪魔じゃなくて神? なんなのこの山羊!

 こちらの躊躇いなどどこ吹く風、という体で山羊男は続ける。


「TRPGだったかな、それのキャラクターシートのつもりで作成しよう。まずは種族だ。魔族でもゴブリンでも、なんなら昆虫でも恐竜でも、なんでもなれるぞ」


 まじかよ。


「ただし、自分と生態が違う種族になればなるほど、エネルギー、つまりポイントを消費する。どうする?」


 いや、ポイントの総量を聞いてないんですが……。

 さすがにそれは教えて欲しい。


「あの、参考なまでに今何ポイントあって、どの種族なら何ポイント使うかを教えていただけませんか?」


「それは……面白くない。アバウトにいこう。よし、目を閉じろ」


「は?」


「いいから、悪い様にはしない」


 言いたいことは色々あったが、取り敢えず俺は言われた通りに目を閉じた。

 すると、頭の中に山羊男の声が聞こえてくる。


『あなたの大きな器には、並々と水があります。これから新しい器に入れ替える必要があります。人間だと水を失いませんが、他の種族を選択すると、水が幾分かこぼれてしまいます。形が違えば違うほど沢山こぼれます。不思議な事に、大きな器にしてもこぼれてしまうようです。どの種族を器にしますか?』


 言ってる事同じじゃん……。

 でもまあ、なんかやりたいことはわかった。レトロゲームのキャラクターメイキング風って感じか。

 無理に種族を変える必要も感じないから人間でいいか。


「人間でお願いします」


 すると、脳内にさっきのマネキンが現れた。顔はのっぺらぼうだ。


『まずは、身体的特徴を決めましょう。目、鼻、耳に多めに水を流し、特別な機能をつけますか?』


 なるほど、そうやって体を作っていくのか。

 でも、悩むな……水って有限なんだろうし、ここで全てを使うべきかどうか……。


『おすすめは目です。水はスキルに回した方がお得です。そして、目も片目だけにした方がいいです。両目だと特殊な世界は見えるが、普通の視界が見えない可能性もあります』


 なるほど。


「じゃあ、片目だけお願いします」


 すると、頭の中に6つのダイスが所狭しと転がる。

 そして、何かの出目が確定すると、水になってマネキンの顔の部分に注がれた。


『能力が確定しました。「接続の魔眼」が左目に定着しました』


 おお!? 何がつくかは運なの!? 先に言ってよ! んで効果は!?


『続いて、性別を選んでください』


「いや! 効果は!?」


『現在と異なる性別を選択すると、一定量の水が溢れます』


 こいつ……。

 まあいいか、取り敢えず進めてみよう……。


「あ、じゃあ男で」 


『では次に、容姿を決めていきます。細かく設定する場合は多めの水を使用します、ランダム設定の場合は水を使用しません。また、方向性を決めたランダム設定なら多少の水の使用で済みます』


 容姿なんて、なんでもいいと思うんだけど、どうなんだろうか。

 ランダムにした方がいいのかな。


『……おすすめはランダムで、「整った方向」を指定する事です』


 あ、そうなんだ?

 まあ確かに、整っているに越したことはないかもだけど、技能とかのポイントがなあ……。


『容姿がよい場合は、コミュニケーションの場で圧倒的に有利です』


「じゃあそれで!!」


 そうだ、やり直すとしたら何かを成し遂げたいとかそういう事じゃなくて、普通に社会に溶け込んで、コミュ障を改善させたい!

 脳内ビジョンでは、水がマネキンに流れ込み、美男子が現れた。

 頭髪は真っ白で、目は深いゴールドだ。顔色というか、全体的にちょっと不健康な色白っていう感じもする。

 

『ランダム要素により、年齢は14歳となりました。これから向かう世界では15歳が成人となります』


 15で成人とか、戦国時代かなにかかよ。

 でも、なんかちょっと楽しくなってきたかも。


『最後に、タレント才能を決めます』


 才能、なるほどこれは重要だろうな。


『貴方の水はまだまだ沢山あります。戦闘技能寄りに注ぐ、生産技能寄りに注ぐ、生活技能寄りに注ぐ、魔法技能寄りに注ぐ、特殊技能寄り注ぐ、全技能偏りなく注ぐ。どうしますか?』


 こういう感じか!! 「○○スキル上級」とか、そういうのじゃなくて、こういう感じか! これ選ぶのものすごく難しい!!

 でもやっぱり尖った方がいいかと思うけど、それってゲームの話なんだよな。

 実際の会社に勤めて実感する。社会だと出来ない事が少ない方が有利な事が多い。

 確かに尖ったクリエーターとか、一部尖った部分を認められる人もいるかもしれないけど、それって部署や環境が変わるともう潰しがきかなくて使えない奴になってしまう。

 特に、生活していく上では生産と生活の技能は必要だろうし、日本よりも危険な場所だったとしたら、というか、今まで割とファンタジーな事言ってるから戦闘技能も必要な気がする。

 しかし、魔法があれば世界の設定によっては全てを魔法で補えるのでは? とも思うし……特殊技能はちょっと上級者向けって感じがする。

 実際俺が転生して生きていくと考えると、戦闘は避けて生きていきたいが、生活と生産の二つの技能は欲しいし……。うーん。

 俺がうんうんと悩んでいると、助け船がやって来た。

 

『潤沢な水を持っているあなたは、どれを選んでも14個の才能をランダムで取得できます。または、水が多いので運が良ければ対象の技能全て、例えば戦闘技能寄りなら戦闘技能全てが才能は普通だが必ず成長できる「成長のタネ」、もしくは対象の技能全ての才能が得られる「器用富豪」を得る事ができます』


 なるほど……。いや、そんなギャンブル要素あんまり要らなかったかなって思う。 

 普通に選ばせて欲しい。


『なお、可能性としては低いですが、何の才能も得られない「不遇の勇者」となることもあります』


 だからギャンブル要素いらないってば!!

 んー! でも、まあしょうがない。

 とりあえず、有用な技能がはっきりしているなら偏らせてもいいけど、分からないのだから何かに偏るより、万能が無難だよね。


「じゃあ、全技能偏りなく注ぐでお願いします」


 脳内で再びダイスが転がる。数は14個だった。

 これは水の多さでダイスが増える仕組みだろうか?


『タレントが決まりました。おめでとうございます。あなたのタレントは「成長のタネ」へと変化しました。それでは、新しい人生をお楽しみください』 


 え? え? 俺まだ転生するって言って無くない!?


『スレイブ』


 何かの呪文の言葉だろうか、その言葉を聞いた瞬間、視界が真っ白になった。


『コアグラ』


 そして、俺は目覚めた。


 空は青い、どこかの森なのだろうか、周りは背の高い気がひしめいている。

 遠くの方で何かの鳴き声が聞こえて、俺は不格好に身を震わせた。

 結局最後のあれってどういう事なんだ? 全技能偏りなく注いで、成長のタネを手にいれたって事は、全ての才能が抜きん出て良い訳じゃないけど、必ず成長するって事?

 いやいや、その前にさ、一つ言いたいんだ。

 俺は確かにコミュ障でさ。なるべくいきなり人とガッツリ関わるのはしんどいから、人の少ないところから始めたいって思ってたよ。

 でもさ。

 身に着けているのは簡素な上下、その他に荷物は何もない。勿論食料もない。

 少し歩いてみても、森はどこまでも続くように思われた。少なくとも、すぐそこが人里という感じではない。


 これ! 下手したら人と会う前に死ぬよね!!

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