博士と聖人②

 そこで初めて柚希のPC画面が動いた。何かのプレゼン、あるいは講義を彷彿とさせる整然とした構成の資料が遠隔で映される。


『吾輩はカメラの魔導具を造った。それは何故だと思う?』

「……迷宮の中で配信させるため」

『グレイト』


 “氏は迷宮配信文化の立役者だ”と、そんな話を聞いたことがある。なんでも、配信者という文化こそ民衆の中で生まれたが、それを大勢が迷宮の中で安定的に行なうに至るには、カメラの魔導具が必要不可欠であったと考えられているらしい。実際、柚希が物心ついたくらいの時期にカメラの魔導具が政府より先に企業を通して売り出されたとき、配信者界隈でもそれはそれは大きなお祭り騒ぎが起こっていた形跡が様々なアーカイブに残されている。


「吾輩がカメラを造ることで迷宮配信者という文化が隆盛するよう仕向けたのは、君達の世代の未来を憂いたからだ。正確には、迷宮に夢を見る妹の、と言った方が正しいがね。あの“扉”の内側を少しでも安全にするための会心の一手だった」


 レンズを向ける者が増えてから治安が向上したことや、人口の絶対数が少なかった黎明期にはお互いがお互いの危機を助け合う動きも見られたことなど、カメラの魔導具の成し遂げた功績は大きい。この辺は教科書にも乗っているので柚希は頷いて聞いていた。


『しかし!』


 ダンッ! と強すぎるクリックの音が聞こえ、画面に折れ線グラフが映される。


『迷宮配信に関係する犯罪行為の数の推移だ。君はどう見る?』

「……増えてます、ね」

『その通りッ!!』


 そのあまりの勢いに、柚希はびくっと肩を跳ね上げた。


『迷宮配信文化は既に広く根付いており、コンテンツとしての佳境に入っている。それどころかこの文化によって傷つく人も出てきた。ここからは今まで通りの流れづくりだけでなく、積極的に介入していかなければ、手綱を握れないだろう。……そこに現れたのが、君だ、ワズキ君』


 柚希の配信サイトの画面が映された。それぞれのライブアーカイブはすべて十万回以上再生されており、登録者数は百万人と少し。

 ディスプレイ脇に配置された空欄に、文字が現れる。それは配信のコメントや、スレッドの書き込み、ワズキの名前でタグ付けされたSNS投稿の抜粋のようだった。柚希はそのひとつひとつを大事に読みながら、不覚にも頬が仄かに熱くなるのを感じた。それが真っ赤な嘘から生まれた評価だとしても、柚希は嬉しかった。


『これからの探索者の未来のために、一肌脱いで貰いたい』


 氏の言葉に、柚希は曖昧に笑う。


「もう僕が聖人でないことはおわかりですよね?」

『ああ。しかし、見込みはある』

「どうしてですか? 聖人が欲しかったんでしょう?」

『いいや違う。……妹が、君のファンでね』


 どうりで配信サイト画面の登録ボタンがONになっていたわけだ。そう思いながらも、柚希はついなじるように毒づく。


「…………妹? そんなことで僕を選んだんですか?」

『ああ、そうさ』


 至極当然そうな返事に、柚希の脳裏にいつか見た新聞のリード文が思い出された。迷宮工学の天才。またの名を──


『狂人。君も我輩をそう呼ぶかね?』

「……いえ。僕も、大事な人の審美眼を無闇に疑うことはしませんから」

『さすがは聖人』

「やめてください」


 画面の向こうでにやにやとしている目に浮かぶ。


「……それで、具体的には何をすればいいんですか?」

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