怪物のダンジョン 後編⑦
「……さすがオレの姉貴だぜ」
ウミがそう言ったとき、その人ははにかみと呆れを半分こしたような顔で振り向き、膝をついた。ノイズ。崩れ落ちるようにして二人に別れ、ルチカとハナが折り重なって倒れた。
「……いやー、流石に疲れたや」
「ん……」
柚希はリュックサックからラスト一本の聖水を出し、魔法の杖にかけてやる。今も地面を融かす毒がゆっくりと薄まっていき、やがて洗い流された。
「ウミさん。ポーション持ってます?」
「ああ、ハナの方に入ってる」
ウミはハナのマジックバッグを漁り、二本のポーションを取り出し、二人に飲ませてやった。ルチカは半死半生といった感じでそれをちびちびと飲む。しかし連戦のハナは唇を動かすことも叶わないようだった。
「仕方ねえなー」
「えっ? まさか……」
ウミの甘やかな声に、柚希はぎくりとする。あっと思ったときにはウミはポーションを口に含み、ハナにマウストゥーマウスで飲ませてしまっていた。どうしよう。柚希は頭が真っ白になる。これは、同意か? でも確かにウミか柚希がそうして飲ませてやらないことには、ハナは死にかねない。ルチカも人の面倒を見る余力がないし……
混乱している間に、ハナが生き返って「ゲホ……!」と咳をした。その拍子にウミの前歯とハナのそれががちんとぶつかり、ウミが唇から血を流した。
「いたひ……」
「ごめんウミ。でもびっくりしたんだから……!」
これは……セーフ、なのか? 柚希は困惑し、それから腕の中にいるルチカを見下ろした。ポーションが瓶の中でたぷたぷと揺れる。ルチカはゆっくりとだが喉を動かしてポーションを飲んでいる。……よかった。柚希はほっとため息をつく。正直、医療行為であってもルチカが誰かとキスするところは見たくない。
さっきの失敗を考慮し、柚希達はふらふらの身体に鞭を打ってクリスタルに触れ、転移する。まだ体力に微かな余裕のある柚希が辺りの魔獣を一掃して戻ってくると、ルチカもハナもまともに喋れるくらいには回復していた。けれどまだ歩けそうになかったので、二本目のポーションをそれぞれに飲ませつつ、雑談と相成る。
「あの魔法スキルはシビレたな! なんだっけ、ライトなんちゃら」
「『ライトアピアランス』だよ、ウミ」
ウミが水を向けると、呆れたようにルチカから訂正が入る。カメラが向いていないからだろうか、ルチカは少しラフな雰囲気だ。
「『アピアランス』系は取得が難しいと聞きます。どちらが持っていたんですか?」
何気なく問うと、三人が口を閉じて柚希に視線を集める。
「……ぼ、ボクだよ……?」
「すごいですね! よければ、今度僕にも教えてください」
「えと、うん、いいけど……」
「わ、私にも教えてよー……? あはは……」
ハナとルチカはどう見ても変な反応だし、ウミに至っては柚希が口を挟んでから一言も喋らない。明らかにおかしい。
柚希は心の中で悶々とし、頬を掻いた。知らないふりをした方がいいと思っていたけれど、三人はそんな曖昧な態度では安心出来ないのだろう。当然だ。柚希がこの話を誰かに話してしまったら、柚希は新しい友達を二人喪うことになりかねない。
三者三様の動揺を見渡し、柚希は咳払いをする。三人が柚希に注目した。
「……僕は何も見ませんでした。それでいいですか?」
三人の目が見開かれた。
「……おー。そうしてくれ」
「…………何も、聞かないんだ?」
「ええ。たぶん、その方がいいでしょう。このことは他に誰が?」
「私だけよ。使えるのも、ウミハナ以外じゃ私だけ」
「そうですか……」
柚希は努めて普段通りにフラットな振る舞いで彼らの信頼に応えた。何か胸に支えているような気がしたけれど、そのことを誰にも言わなかった。優しい彼らの秘密は嘘つきの自分には重すぎる。
その後、何かに急かされるような気持ちで迷宮から脱出した。
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