怪物のダンジョン 後編⑤
「ユニークスキルですか?」
「うん。二人にしか使えないけど、最強でしょ」
「そうですね……」
スキル行使につかう気力をゼロにした状態で双子同士で手を繋ぐと、二人の存在が重なり合って全回復、さらに二人の全快時のあらゆる力が累乗されて与えられる──。そうルチカが説明するのを聞いて、柚希は舌を巻いた。
バフスキルは珍しい。ガチャで言うところのURだ。それも自己付与ばかりであり、他人に付与できるというのは都市伝説のようなものである。……双子でよかった、と柚希は背筋がひやりとするのを感じた。
「見てた? 私の友達の底力すごいでしょ。さて、イレギュラーもあったけど、これから帰っていくね! ……ワズキくん、ウミのほう担げる?」
カメラに向かって余裕そうに手を振っていたルチカがこちらを振り向く。「もちろん」と柚希は答え、ハナをルチカに引き渡し、ウミを背中に乗せた。意識がないことを加味してもかなり重たい。小柄で薄い体躯に見えるが、その実、じっくりと鍛えているのだろうことが伺える。
後衛のウミでもこの様子なのだから、前衛のハナは相当重いのではないだろうか──巨乳だし──と余計なことを考えたが、ルチカは慣れた様子で眠そうなハナを背中に乗せ、腹や腰に巻き付いているハーネスを上手く繋いで安定させた。あれはそのために付けていたのか。てっきりおしゃれだとばかり思っていた柚希が「腑に落ちた」と言いたげな顔をしているのを見て、ルチカがくすりと笑う。柚希は唇を窄めておんぶ状態のウミを抱え直す。
「今日はワズキくんがいて助かったよ」
「いつも二人を抱えて帰るんですか? 一人で?」
「ううん。ウミが眠っちゃうことは滅多にないの」
ルチカは意味ありげにワズキに微笑みかけた。もしかして、と柚希は胸が熱くなる。柚希を信じてウミは全力を尽くしてくれたということだろうか。それともこれは自惚れ? 柚希はまた意味もなく後ろに回した手に力を入れた。ウミが「んむぐ……」と唸った。
「“路”の変更はなしでいいかな?」
「はい。横並びで行きましょうか」
「そうだね。……あ、投げ銭ありがとう! “疲れただろうから帰ってゆっくり寝てね”──了解、でも家に帰るまでが攻略だからね。みんなも気を抜いちゃ駄目だよ?」
きりっとカメラにキメ顔。それからふっと力を抜いて、ルチカがはにかむ。
「まあこれだけの戦果があれば緩んじゃうのもわかるなぁ」
ルチカは仰々しい手付きでマジックバッグから拳大の魔石を取り出して、にんまりして見せる。するとコメントが次々に流れ出した。
[わっるいかお]
[悲報:ルチカ、またしも金目の物に目がくらむ]
[ワズキくんの前でそんな顔していいのかー?]
「ハッ! ……えへへ、ワズキくんも嬉しいもんね? ね?」
「そうですねぇ」
柚希が微笑ましそうに笑うと、ルチカはコミカルに手で顔を覆って「先輩の威厳が……!」と嘆いた。その耳が赤く染まっている──ように見えるのは、ルチカが微かに壁際に寄って赤色の鉱石の光を受けているからだ。柚希は感嘆する。これだけの乱戦だったのに、ルチカは疲れた顔ひとつせず視聴者に向けて一喜一憂のパフォーマンスをしている。迷宮の構造まで利用して。
すごいな。柚希は純粋にそう思い、ルチカに尊敬の念を抱いた。これがプロ。いつか自分も、これほどのコンテンツ力を魅せつけることが出来るだろうか。ほんの一時の小銭稼ぎだと思っていた。けれど柚希はもう、迷宮探索者の魅力に取り憑かれている。
──しかし柚希達は忘れていた。この場所が、他ならぬ百階層だということを。
「シャーーーーー!!」
のんびりとクリスタルに触れても、そのクリスタルは柚希達をどこへも運んでくれないただの功績に変わっていた。ボス部屋でクリスタルが反応しなくなるときの条件はただひとつ。二人の神経がひりつく。痛いほどの沈黙の後、突如として部屋の中央にノイズが走った。柚希達が身を翻して見てみれば、既にそこは、蛇と鶏の王──バジリスクの巣だった。
威風堂々とした佇まい。直径一メートルはありそうな太い身体で一軒家ほどの大きさのとぐろを巻き、遥か高い天井の辺りから柚希達を睨む頭には、白い冠のような模様がある。眼球は毒の紫と血の赤を足したような色らしい。目を合わせたらたちまち死んでしまうので、柚希達はそれを確かめることができないが──かつては既製品のカメラ越しに目を合わせた者による不審死が相次いだというから、その威力の一端はわかるというもの。
柚希は静かに目を伏せた。死の気配が、ひたりと近づいてくるのを感じた。
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