怪物のダンジョン 後編①

「……ったく、ルチカが連れ回して悪かったな。大丈夫か? 主にメンタル」

「大丈夫ですよ」

「ウミ、ワズキさんに誑されるの早すぎだよ……」

「誑され……?? ぼ、僕に?」

「ふえっ。な、なんでもないです!」


 二人はやはり双子だった。少年の方はウミ、少女の方はハナといって、姉弟なのだそう。企業系──しかも大手の企業に所属している迷宮配信者で、そのそっくりなビジュアルと関係性を売りに活動しているという。そして中層ここまで潜っていることからもわかる通り、迷宮攻略者としての実力も折り紙つきである。

 普段からルチカとコラボするプロ配信者の一組なのだとか。どことなく距離の近い三人に柚希は微かに目を見開き、くすりと笑う。可愛いものが可愛いものとわちゃわちゃしているのは傍目から見ても心地良いものである。だがウミの方は体格こそ小柄だが間違いなく男性だ。その辺、リスナーは気にしないのだろうか。そう思って柚希の近くでウミを映しているカメラの横を見てみると、


[百合に挟まっていいのはおにゃのこだけなんだが! まあウミちは許すけど^^]

[ウミ! 早くシスコンをやめて俺を見てくれ!]

[あーっハナにまた顔赤くしてんだが!]

[十数年連れ添ってるのになんでまだ慣れないんだよ。同じ顔だろ!]

[ハナまで赤くなってるぞ……この近親交配共が!!]


 なんか変なコメントばかりだな……。柚希は困惑しつつカメラの先に視線を戻す。そして、更に困惑した。

 位置関係としてはウミ、ルチカ、ハナ、と半円になるように立っている。そしてソラとハナはルチカを挟んで、時にルチカを巻き込むように手を握ったり肩に手を置いたりしながら、……こう、みだらな雰囲気を出していた。


「よ、よしてよっ。カメラの前で……」

「でもオレはお前のことしか──」

「はわっ……そこまで言ってなんてゆってない! もう、この話終わりにしようよ!!」

「本当なんだ、なあ聞いてくれ、オレは確かにワズキを……まあ、なんだ、大丈夫かな〜? とは思ってた。でもそれはハナが大好きだからで、今日こうして普通にワズキにパーティ申請しようって言ったのもハナがやめろって言うから──」


 そこでハナと柚希の目が合った。ハナの餅のようにふっくらとした生白い頬が赤く染まり、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 つまりウミは柚希を警戒していて、それはハナへの庇護欲などなどに由来している、ということだろうか? だとしたら大変だ。だって自分は──。思わず柚希はハナの鎖骨から下へ視線を動かしかけ、慌てて止める。


「…………もうウミなんて知らないもん」

「ハナぁ!!」


 「まあまあ、二人共……」とルチカが諌め、柚希に向き直る。柚希は内心どぎまぎしながらルチカの言葉を待った。


「前々から紹介しようと思ってたの。なんだけど……」


 ルチカは背後を振り返り、二人の痴話喧嘩を見て半眼になった。


「こういう感じだから……」

「……うん……」

「でも、でもね」


 柚希はルチカのいつになく熱のある眼差しに少し驚いて、頬を緩めた。ルチカは責任感のある強い人だ。そんな彼女が、普通の女の子が友達と友達を引き合わせるときの独特の緊張感を纏って、引き結んでいた唇を静かに開く。


「あの子達と、一緒に攻略してくれたり……しないかな……?」


 ルチカとのコラボやオフを通じて感じられた複数人での攻略の楽しさは、柚希を少し積極的にさせた。振り翳したつるぎが魔獣だけを貫かなければならないという、ゲームでいうところの縛りプレイをしているみたいな感覚は、柚希を今まで以上に磨き上げた。ルチカという興味深い人間との交流は、柚希の小さな心を少しだけ広げようとしてくれた。

 あとは、ウミとハナに接するルチカの気安い空気感だろうか。魅力的な友達を独り占めしてしまったちょっとの罪悪感もある。それから、そんな友達が勧めてくれた人達にも興味が湧いている。

 柚希の天秤は既に傾いていた。

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