怪物のダンジョン 前編②

 降りた先は十階層。ここから二十九階層までは、スライム系の上位に加えていくつかの人型の怪物が襲ってくる。柚希はオークの心臓を炎の剣でウェルダンに焼き、ルチカはゾンビを光の魔法で浄化した。それぞれの魔獣がノイズとなって掻き消えると、ころりと魔石が落ちる。先程よりも大きいサイズだ。この辺から、魔石が魔石としての価値で売れるようになってくる。それでも需要より供給が多すぎるので、素材より価格は低い。

 ドロップ品は、魔石が五割、さっきの粘液やオークなら牙などが二割くらいずつ刻んでいき、たまにレアドロップ、という確率になっている。レアドロップは頭一つ抜けて高く売れるので、パーティ単位で討伐・獲得すると、揉めることも少なくない。柚希はその揉め事を嫌ってソロをやっている部分もあった。ルチカの場合、一般的な基準である“貢献度”という山分けの手段を選んでいるので、今は柚希もそれに従っている。ルールの抜け道を突かれるようなことがなければ問題は起こらない。そしてこの二人の間にそういうことは起こり得ないので──他人の利益を気にしすぎる人達だから──、お互い快適に狩りができていた。


「はーい、転移済み! ルチカです!」

「ワズキです」

「今日も怪物迷宮でやってくよー。今は三十階層! ワズキ君、そろそろフラスコしまってね」

「いやぁ。アシッドとポイズンが大量だったもので……」


 「そろそろマジックバッグ買いなよー」と種類別に粘液を詰め込んだ魔導フラスコをルチカが見下ろす。柚希は愛想笑いを浮かべ、それらをリュックサックに収納した。



 三十〜四十九階層は、ボス部屋を除くと上層のうち最後の階層だ。

 柚希とルチカは鼻と口にハンカチを巻いた。その理由はこれからわかる。


 ミミックを倒して小ぶりな魔石を手に入れていると、曲がり角から紫色の煙が広がってきた。柚希は剣を構え、ルチカは掌を向ける。グウォ……と唸りながら現れたのは、犬面の人型魔獣、コボルトだ。そいつが舌を出してヘッヘと浅く息をする度に紫色の呼気が煙となって広がる。それを人間が吸い込むと、頭痛や吐き気などの症状が現れ、聖水を飲むまで収まらず、やがて死に至る。

 コボルトは三匹ほどだった。狭い通路で一列になって、二足歩行でぞろぞろと、柚希達に迫りくる。鉤爪が柚希の首筋を捉えようとした。避け、柚希がその前足に切り込む。ギャンッとコボルトは鳴いたが怯まない。今度は噛み付こうと真っ赤なあぎと開くが、それが飲み込んだのは柚希の頭ではなく、ルチカの叩き込んだ光魔法だった。じゅうと灼かれるコボルト。肉の匂い。そこに柚希がまた切り込む。一歩踏み込んで力を込めれば、最前列のコボルトはノイズになって消えた。

 次は二匹目──そう思ったとき、T字路の逆側からぬらぬらとした鱗が見えた。柚希は軽く後ろへ飛び、リザードマンの一撃を回避、炎の剣でカウンターを入れる。次にまた噛み付こうとしてきたコボルトを袈裟斬りにして、その横のリザードマンの心臓を一突きに。コボルトの胸から赤いポリゴンが弾けた。その瞬間、コボルトが最期の力を振り絞って柚希の目にその鋭く尖った爪を挿し入れようとする──そこで柚希とルチカがスイッチした。


「目を閉じて!」


 前に出たルチカがそう言い終わるか否かといったとき、カッと偽物の太陽が現れ、世界を真っ白に染め上げる。コボルトは今度こそ怯んだ。キュンと可哀想に鳴くコボルト。


「スイッチ」


 端的な指示。柚希は一欠片の同情も見せず、剣で胸を貫いた。光と相性の良い炎を纏わせるという冷徹な判断までこなして。

 その後もコボルトとリザードマンの残りをノイズに変え、しかし、気は緩んでいなかった。隙と勘違いした魔獣が彼らを背後から襲う。どこに隠れていたのか、その骸骨──スケルトンは両手で数え切れないほどの数で通路を埋め尽くしている。そのときルチカが力強く空中に飛び上がった。


「『虹を架ける』!!」


 かつんと音を立て、虹色のエフェクトを踏みしめる。

 ルチカのユニークスキルは、“どこにでも虹色の橋をかけてそこを渡ることが出来る”というもの。柚希のものと比べるまでもなくありきたりだ。しかしそれはカメラ越しに見て、とても美しい。日の光と青い空を象った天女が宙を走っていく──そんな光景が視聴者の目に映る。そして高所を取ったルチカは、光魔法によってスケルトンを殲滅せしめる。


[gg]

[GG]

[ワズキはどうなった?]


 コメントが沸き立ち、もう一人の青年を探した。

 柚希はとうに難を逃れていた。ルチカが虹を駆けたとき、柚希は振り向きざまにスケルトンを切り捨て、ルチカの攻撃を見越して距離を取っていたのだ。そして光が溢れる中、スケルトンの討ち漏らしを片付けきった。

 魔法剣士である柚希の戦い方は、よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏だ。堅実とも言えるだろう。少なくとも、今までソロでやってきて大きな怪我をせずに済んでいる程度には、確かな実力がある。後衛のルチカもパーティで挑むことが多いものの、一人で潜ろうとすれば出来ないことはない。それでも剣を取らずに光の魔法で照らすことにこだわっているのは、配信者らしく“映え”を意識しているためだろう。そのくせそれ以外の魔法全般も過不足なく使えるところは、ルチカらしいバランスの良さが伺える。

 柚希はそっと手を挙げる。柚希はこれまで人と組んで攻略すると、相手に気を遣いすぎるあまり、思うように動けなかった。だが、ルチカと組んでいるときは比較的自然体で動ける。ルチカは虹の上から彼の掌に手を伸ばした。ルチカも様々なパーティの要を務めているが、それは柚希との相性の良さを否定する材料にはなり得なかった。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 柚希の掌にルチカは手を乗せ、繋ぎ、少しだけ体重をかけて地面に降り立つ。


[……]

[……]

[……こいつマジで……キザすぎる……]


 二人はまた奥へ進んでいく。確かな手応えを感じながら。

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