第2話

 ゆでガエル理論は私の気持ちを表すのに最も適切で端的だった。ただ私とカエルの異なる部分は、茹で上がる前に熱湯から飛び出したか否か、それだけのことだ。

 カエルほど鈍感ではない私は、淡々とタイミングを狙っていた。呼吸さえ苦しい熱波の中で、脳の片隅に存在する砂時計を見つめて、ガラスのくびれを通るモノが無くなるのを待っていた。

 サウナで己の限界を試すように、楽しむように、私が茹で上がるのを待つあの人の背中を、鍋の中から見ていた。

 砂時計が空になったところで、私はあの人からゆっくりと後退りを始めた。一歩二歩、すり足を過去に進めるたびに、砂時計の底が崩壊してガラスがこぼれ落ちていくように絡まった気持ちが解けていく。

 陽炎が揺れるアスファルトに、蜉蝣がぽたりと落ちた。命を失った深い黒色の目玉が、私のすいばりをぢっと見ていた。

 

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