第4話

舞の高い声が個室に響く。キリヤは変わらず適当な返事を続けていたが、会話が続いていることに郁美は感心していた。舞がめげずにあれこれ話題を振っているからだ。

「いつもどこで遊んでるんですかぁ?今度連れて行ってほしいです」

「今やばい仕事忙しいからな~残念」

舞の好意はわかりやすく、あからさまと言ってもいい。恋愛経験の少ない郁美でもわかる程に。

(やっぱ、モテるんだ)

郁美と比べたらはるかに背が高く、顔も男らしく整っていてお金もある。女子受けが悪いわけがない。あの美幸も好きになった相手だ。

舞の態度はともかく、キリヤのかわし方も手慣れている。今までに何度も女性から好意を受けて慣れていったのだろう。きっと今後も似たようなことがあるに違いない。

郁美の中に、モヤモヤした何かが広がっていく。

「お仕事落ち着いたらキリヤさんの車、乗せてほしいなぁ」

「その頃には車検で車預けちゃうかなぁ。…郁美?」

郁美はキリヤの袖を掴む。気づいたキリヤが体ごと郁美の方を向いた。俯いた郁美は自分の口元に手を当てる。

「きもちわるい」

郁美が少し前かがみになると、キリヤの腕が伸びてきた。

「嫌だ、大丈夫なの?」

美幸が立ち上がりかけたが、それより早くキリヤが郁美の体を引き上げる。

「立てる?ごめん、続けてて」

キリヤは女性陣に声をかけ、郁美を支えて個室を出た。扉を閉めた後、郁美はキリヤに横抱きに抱え上げられた。郁美はキリヤの首元に顔を埋める。トイレに向かっているらしい。

「水もらってくるから。大丈夫?」

「うん。あのくらいで、酔うわけないじゃん」

「は?」

キリヤが立ち止まる。

「もう帰る。早く、車行って」

郁美はキリヤの首に強くしがみついた。暫く動かないでいたキリヤが笑う。

「わがままだねぇ、うちの妖精ちゃんは」

キリヤは郁美を抱えたまま、店員と話をしてから店を出た。





「郁美、大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ~吐いたら楽になりますって」

美幸の不安げな声が舞の耳に入る。舞はスマホをいじりながら答えた。さっきまであまり食べられなかったので、取り分けた料理を今のうちにと口に運んでいく。

料理もお酒も美味しい上に、値段もなかなかの金額だった。こんな素敵なお店に来慣れている、というのもかなりポイントが高い。舞の口元がにんまり緩む。

「は~キリヤさん、格好いいな~もっとお話した~い」

「あんな不毛な会話を、よく続けられるわね」

美幸が引いている。そんな態度も気にならないくらい、舞の気持ちは高揚していた。

「ふもうって、なんですかぁ?あんなイケメン、絶対逃がせないですよ」

美幸とともにクソみたいな合コンを繰り返していたここ最近を思い返すと、今日は最高の気分だった。

美幸はキリヤに興味がないように見える。たとえ美幸がキリヤ狙いだったとしても、彼女よりも若くて可愛いと自負している舞の敵ではない。

(絶対、落とす)

舞が決意を固くすると、ノックのあとに個室の扉が開いた。顔を見せたのは郁美とキリヤではなく、店員だった。

「失礼します。お連れ様からのお言付けなのですが。先に帰るのでこのままお二人でお楽しみいただきたい、とのことでした」

美幸と舞は顔を見合わせる。

「追加のご注文あれば承ります。会計はお気にせず、そのままお帰りいただいて結構ですので。遠慮なくお申し付け下さい」

「あの、一人体調が悪くなったのだけれど」

「はい。少しお休みいただいて、だいぶ良くなられたようです」

店員はニコニコ笑っている。美幸も郁美の無事に安堵の表情を見せる。舞は一人、頭を抱えた。まだ連絡先も聞いていない。

極上の獲物を取り逃してしまった。

「安心したらお腹がすいたわ。あ、カクテルのおかわりいただけるかしら。舞、あなたは?遠慮なくいただきましょ」

「ハイボール濃いめで」

美幸は追加の注文を終えると、テーブルの料理に手を付け始めた。

店員が向かいの席の飲み物を片付けている。郁美の飲み物はほとんど減っていない。

(あの程度で気持ち悪い?赤ちゃんかよ。牛乳でも飲んでろっつーの)

キリヤとの親睦の機会を潰されて、舞は郁美を恨んだ。

(絶対、アタシのもにするんだから)

舞は決意を新たに、残っていたカクテルを一気に飲み干した。

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