第3話

「ていうか、もしかしてキリヤさんと美幸さんもお知り合いですか?さっき、相変わらず二人で~って」

「大学の同期よ」

「えーっすごい偶然!じゃあ、キリヤさんに同じ大学の人、誰か紹介してもらえばいいじゃないですかぁ。美幸さん、最近男に振られて合コン行きまくってるけどうまくいかなくて荒れてるんですよぉ。ねー、美幸さん」

舞は美幸に対してニコニコ笑っている。郁美は耳を塞ぎたくなった。美幸が荒れた元凶がここにいる。

美幸は鬼のような顔で舞を睨んでいるが、舞はまったく気にしていない。美幸の形相に、郁美は逃げたくなった。

「余計なこと言わないでちょうだい。それより郁美、あなたちょっと太った?」

「ひぇっ?」

「健康的で素敵よ。今まで痩せすぎてたのね。元気そうで安心したわ」

美幸から話を振られて、郁美の喉から変な音が出た。

大学に入学した頃から、美幸のアドバイスよりも食事の量を減らしていた。筋肉も贅肉もつかないように少しでも体が華奢でいられるように。幼い頃から知っている美幸から見ると、不健康な見た目だったらしい。

美幸は先程とはまったく別の、柔らかい笑みを浮かべて郁美を見た。美幸の笑顔に、ガチガチに固まっていた郁美は肩の力を抜いた。昔のような優しい美幸がそこにいた。

「うん。ちゃんと、元気。美幸ちゃんは?」

「私は吹っ切れてこの通りよ。良かった。本当に」

きっと心から郁美を心配していたのだろう。お互い、姿が見られて良かった。郁美がやっと笑みをこぼすと、目の前に何かが割り込んできた。

「何頼む?」

キリヤの声で、それが店のメニューだと気づく。キリヤが女性陣にもメニューを手渡すと二人で肌に良さそうなもの、と相談し始めた。

メニューを見ても頭に入って来ない。決めかねてキリヤを見ると、キリヤはじっと郁美を見つめていた。メニューを目隠しにして、郁美はキリヤにこっそり話しかける。

「びっくりした。まさか、美幸ちゃんが来るなんて」

郁美は変に跳ねる鼓動を抑えたくて胸に手を当てる。さっきは心臓が止まるかと思った。驚きすぎて胸が痛い。

「そう?嬉しそうだったけど」

返ってきたのは冷たい声だった。キリヤの表情からも瞳からも、感情を伺えない。

「何?なんか怒ってる?」

「全然」

キリヤはニッコリ笑う。なにか思うところがあるようだ。郁美はまったく全然じゃないキリヤの態度を追及しようとしたが、キリヤは入ってきた店員の方を向いてしまった。適当に頼んでくれているようだ。どうせ食欲もなくてろくに食べられないから、なんでもいい。女性陣もあれこれと注文している。ひとしきり注文をし終えると、飲み物が揃った。舞の元気な乾杯の音頭で、改めて地獄の会がスタートした。

「キリヤさんと郁美君って、どう知り合ったんですか?郁美君、友達としか教えてくれないんですよぉ」

「へー、友達。ふーん」

早速、舞が嬉しそうにキリヤに話しかける。キリヤは含みを持った言い方をしながら郁美を見た。美幸は特に気にするでもなくサラダをつまんでいる。しかし、美幸にとって、若い女の子がキリヤに絡んでいる姿はあまり気分が良いものではないのではないだろうか。いくら吹っ切れたとはいえ、好きだった男が別の女と対面で喋っているこの状況はしんどいのではないだろうか。考えれば考えるほど、郁美の気持ちは落ち込んだ。せめて美幸以外の女性が来てくれたら良かったのに。

「あれぇ?違うんですか?」

「親友。めちゃくちゃ仲いいから。なー?」

郁美は同意を求められたが、そっぽを向いて無視をした。面倒な絡み方をしてくるキリヤが鬱陶しい。

「えーっ郁美君って、そんな反応するんだぁ。意外~」

「郁美って大学でどんな感じ?」

美幸はどう思っているだろうか。郁美の頭の中は美幸の反応と内心どう思っているのかという心配で埋め尽くされてしまう。長年培った習慣は中々崩せるものではないらしい。美幸の一挙手一投足が気になって郁美はそわそわ落ち着かない。

キリヤの問いに、舞は目を輝かせて答える。

「いつも一人でいて、授業が終わるとすぐにどっかいちゃうんですよぉ。みんな妖精ちゃんって呼んでます」

ヨウセイって、フェアリーの妖精だよ~と舞が笑って言った。

そういえば、舞と出会った時にも妖精ちゃんと言っていた。郁美は露骨に表情を曇らせる。そんな別名をつけられているとは知らなかった。隣から、笑いを堪えた声が聞こえる。

「妖精って。あだ名可愛いくない?」

「すっごい可愛いのにすぐ消えちゃうから、らしいですよ。郁美くん、仲いい子いないし。儚げなあの子は架空の生き物で、実在しないんじゃないか?とか、幻想抱きまくってます。でもみんな郁美君と仲良くしたいんだよぉ?あ、舞とはもう友達。ね?」

「良かったね、妖精ちゃん」

舞はわざとらしく顔を傾げて郁美に笑顔を向ける。キリヤがニヤニヤ笑っているのも、見なくてもわかる。郁美が居心地悪くしていると、目の前の美幸がため息をついた。

「友達は選んだほうがいいわよ、郁美」

「なんでそんなこというんですかぁ。舞が若くて可愛いからですかぁ~?」

「あなたの、そういう、ところ、よ!あんまりいじめないであげてちょうだい」

「いじめてないですぅ。仲良くしてるんですぅ~」

美幸は舞を、人差し指で何度も突いた。舞は笑いながらそれを受けている。二人はかなり仲が良いようだ。意外な美幸の姿を見て、郁美はまた少し肩の力が抜けた。

「俺のことはいいから、二人で喋ってよ」

郁美は舞とキリヤに向かって追い払うように両手を振った。自分をネタにせず、勝手に二人で喋ってほしい。なおかつ、舞にはキリヤに幻滅してもいたい。早いところこの会が解散になりますように、と郁美は願った。

「うんっ!あの、お聞きしたいことがあるんですけど、キリヤさんてどんなお仕事してるんですか?」

舞は元気に返事をして、キリヤに向き直る。

「あー。あんま、人に言えない仕事?」

「えーっ気になる~すごい車乗ってますもんね。やばい仕事で、かなり儲かっちゃうんですか?」

「そうそう、やばいから。近づかないほうがいいよ~」

「えぇ~全然、キリヤさんならやばくても平気ですぅ~」

郁美は少しずつお酒を飲み、サラダをつまんだ。自分に話題が向かなくなり、お酒が甘くて美味しいと味を感じられるくらいには落ち着いた。

美幸を盗み見ると、黙ってカクテルを飲んでいる。キリヤから目を離さない舞とは対象的に、美幸は一切キリヤを見ない。もしかしたら意識的に見ないようにしているのかもしれない。

さっきの、ふっきれたと言うのは本当だろうか。ふと郁美は思った。

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