第9話 訓練
カテリーナがこの艦にきて、3日が経った。
毎日がまるで夢のようだと、カテリーナはレティシア達に語ったらしい。
成り行きならば、あの時、闘技場の真ん中で果てていた命、いわばここでの生活は、第2の人生。だがその新たな人生を過ごす場所は、文明のレベルが一気に2000年以上進んだ世界。食べ物だけではない、彼女にとっては知識も習慣も思想も、何もかも異なる世界だ。
まずカテリーナは、自分がこれまでいた世界が球体の惑星上であることすら知らなかった。真っ平らな地面を、巨大なカメの上に乗った4頭のゾウが支え、その周りには巨大なヘビが空を横切っており、その上を小舟に乗った太陽が毎日巡っているのだと考えていたそうだ。なんだその世界観は?
ペリアテーノ帝国の人々でさえ、この大地は丸いらしいということは知っていた。ただ、彼らはこの大地こそが宇宙の中心であり、星も太陽も月も、この大地の周りを回っている、いわば「天動説」を信じていた。まさか自分達の星の方が太陽の周りを動いており、その太陽さえも天の川銀河の中を回っていて、その天の川銀河でさえ、この宇宙に無数に存在する銀河の一つに過ぎないと知って、驚愕しているようだが。
ところで、カテリーナは1000以上の数を知らない。それ以上は「たくさん」という扱いだ。うーん、それでは帝国に滅ぼされて当然だろう。彼女の故郷であるダミアに攻め入った帝国の軍勢はおよそ3000。斥候がそれを発見して本国に伝えたとしても、そんな数字の概念では「たくさん」としか伝わらず、もはや情報の意味を成さない。もっとも、ダミア軍は総勢で1000人もいなかったそうだから、どのみち勝ち目はなかっただろう。
いろいろな意味で、彼女の話には驚かされることばかりだが、それでもあの弓の命中率はまさに神がかりだ。あの感性は、文明のレベルがどうこうではない。必ずや、トップクラスの成績を叩き出してくれるに違いない。僕はそう、確信している。
「まあ、普通、と言ったところでしょうか」
が、彼女の砲撃訓練を担当する、我が艦の砲撃長であるヨウ大尉から、彼女の訓練の成績が伝えられる。
「普通、か……まあ、たった2日でそれなら、いい方ではないか?」
「いえ、訓練を始めたばかりの訓練生として普通、という意味です。あれではとても、実戦には出せませんね」
なんともつれない返事が返ってきた。僕は急に不安になってくる。
まさか僕は、とんでもない勘違いをしでかしたのだろうか?考えてみれば、弓とビーム砲では、それこそ月とスッポンだ。なのに僕はいきなり砲撃管制室に放り込み、シミュレータ訓練をさせてしまった。一体、何を根拠に僕はいけると判断したのだろうか?
「まあ、最初は平凡でも、急に才能に目覚める
「あ、ああ、頼む……」
砲撃長はそう言ってくれはしたものの、不安しか残らない。僕はきっと、無謀なことをカテリーナにさせてしまったのではないか?そういう罪悪感のようなものに襲われる。
でも、食堂で見かける彼女のあの明るく吹っ切れた笑顔を見ると、今さら先走りましたなどとはとても言えない。しかしだ、あれだけの感性の持ち主でもあるし、砲撃長の言う通り、後で化けることもあるかもしれないし、もう少し様子を見よう。
そんなカテリーナだが、この3日で見違えるように明るくなった。食事の際にはいつも新たな食べ物に挑戦し、新しい味との出会いに感激しては嬉々としてそれを口に運ぶ。
今日はなんと、納豆に手を出している。カテリーナの前に置かれた、ご飯にかけた納豆を見て、グエン准尉は顔をしかめる。レティシアはそれほど納豆が好きではないが、食べられないことはない。だが、ニホン列島出身者でも賛否が分かれるあの発酵食品を、なんらためらうことなく食べる姿は、さすがの僕も引いた。
「美味しい!」
……が、初見であれを美味いと言う。一体、どれだけ味覚の許容範囲が広いのか。弓の腕より、今はその脅威的な味覚の柔軟性に驚愕を覚える。
「はっはっはっ! グエンじゃ食えねえよな、これは」
「む、無理よこれは。でも、生春巻きに巻いて食べればなんとかいけるかもしれないけど……いやでも、あの匂いはちょっと……」
発酵食品というやつは、好き嫌いが分かれやすい。自身の国のものでなければ、なおさらだ。だから、別に食べられなくても問題はないぞ、グエン准尉よ。
ところで、ここにくる前のカテリーナは何を食べてきたのか?聞けば、豆と大麦を蒸したり煮たりした料理が多かったらしい。他に、粉状の植物の炭のようなものも食べていたと言う。つまりだ、炭水化物とカルシウムばかり摂っていたことになる。だからか、納豆ご飯は今まで食べてきた料理に最も似ていると、カテリーナは言う。
なるほど、納豆も「豆」には違いない。ただ、組み合わせる相手が大麦ではなくお米だが。
カテリーナはいわば戦闘奴隷として、戦うことを強いられた闘士だったわけだが、それほど待遇が悪かったわけではない。怪我をすれば治療を受けられたし、食事も十分な量を摂ることができたと言っていた。それだけ闘技に夢中になる人々が多く、その分、金になるという証拠だろう。
とはいえ、死ぬまで終わらないゲームには違いない。生きるために戦うのと、死ぬことが闘いの終焉だという境遇では、どちらが希望を見出せるのか、もはや言うまでもない。
そんな生きる希望を抱けるようになったんだ。もし
そんな日々を、それからさらに3日間過ごす。
その間にも僕は、毎日のようにラヴェナーレ
一度だけ僕は、この街の暮らしを見せて欲しいと頼んだ。ここにきた以上、この街の人々の暮らしを知っておくことは大事だと思ったからだ。
碁盤目状に並ぶ6、7階建てほどの建物は、平民達の住居だという。そこはいわゆる、ワンルームアパートとでも呼ぶのが相応しい建物だ。しかし中には台所はなく、人々は建物の下層にある飲食店で食事を摂る。
そこは大麦で作られた硬いパンのようなものや、近くのフェラレーノ河という大河でとれた魚を干したもの、郊外で採れた果実や野菜、木の実、豆類に穀物、それに家畜の肉などが食べられるという。
さすがにこの星で最も大きく、最も栄えた国の首都というだけのことはある。むしろ貴族よりも平民の方がバラエティーに富んだ食事をしているのではないかと思うほどだ。
ところで、風呂はどうなっているのか?と聞くと、公衆浴場がこの帝都には数箇所あるという。平民であれば、なんとタダで入れるという。
「ぜひヤブミ卿も浴場へお越しください。身体が清められて、気持ちいいですぞ」
どうやら、浴場だけは貴族も利用しているらしい。ここは平民と貴族が分け隔てなく利用する施設なのか、と思いきや、中で平民用と貴族用の浴場が別れているらしい。なんてことだ。
いずれにせよ、こっちには艦内浴場があるから、別に行く必要はないのだが……と、そこでふと僕は、ラヴェナーレ卿に尋ねる。
「ところでその浴場というのは、まさか男女一緒に入ったり……は、しないですよね?」
「はぁ? ヤブミ卿は何を仰られるか。男女で浴場を分ける必要などないでしょう」
ああ、やっぱり思った通りだ。ここの浴場は、男女の区別などしない。身分では分けても、性別では分けない。まさに未開の星あるあるだ。
そんな日々を過ごしていたが、到着して一週間経った頃、急に第1艦隊に呼び出しを受ける。
「呼び出し? 何かあったのだろうか」
「いえ、電文によれば、コールリッジ大将閣下の希望で、定期報告に来い、とのことです」
まだ赴任して一週間。ようやくこの地を知り始めたばかりで、定期連絡って言われてもなぁ。だが、大将閣下のことだ。多分、僕がそろそろホームシックにでもかかってるんじゃないかと心配して、それを和らげようとの配慮ではないのか。確かにちょっとホームシック、いや、カルチャーショックに襲われているところではある。
「了解した。第8艦隊は明日、
「はっ!」
通信士が僕の言を打電する。それを横目で見ていると、僕のスマホが鳴る。
「ヤブミ准将だ」
『こちら出入り口です。ラヴェナーレ様がお越しです』
「そうか、分かった」
ああ、いつものようにあの貴族が来たか。僕は艦橋を出て、エレベーターに向かう。
と、そこにレティシアが来る。大体いつもこの時間にあの貴族が現れるから、すっかりパターン化しているようだ。
「おう、カズキ。今日はどこに行くんだ。闘技場か、それとも演劇場か宴会か? いや、いっそのこと、俺と一緒に公衆浴場にデビューしてみるか?」
ここの浴場が男女混浴と聞いて、ニヤニヤしながら僕に話しかけるレティシア。
「いや、今日は出かけないつもりだ」
「はぁ? なんでだよ」
「明日、第1艦隊と合流するため出港する。その準備のためだ」
「おお、戦艦ノースカロライナに行くのか。それじゃあカテリーナを、あの店に連れて行ってやろうぜ。」
「あの店って、味噌カツの店か……だが、あそこはカテリーナにとってどうなんだ?」
「納豆が食えるやつだ。大丈夫だろう。それに、あいつにピッタリの服がねえからな。何着か買ってやらねえとな。ついで映画に、エステに……」
レティシアにとっては、第1艦隊といっても、戦艦ノースカロライナの中にある街ぐらいしか興味がない。だがこいつ、おそらくグエン准尉と共に、カテリーナをあちこち連れ回すつもりだな。
そういえば、カテリーナが宇宙に出るのは初めてだな。ということはだ、ゾウに支えられた平面だと思っていた大地が実は丸いということを、知識や映像ではなく、直に目にすることとなる良い機会となろう。
エレベーターを降り、艦の下部にある出入り口から出ると、馬車の前に立つラヴェナーレ卿が目に入る。僕は敬礼すると、ラヴェナーレ卿が嬉々として口を開く。
「さて、ヤブミ卿。今日は闘技場で、奴隷と猛獣の闘いを見ることができますぞ。いかがですかな?」
げ……今日は人間同士ですらないのか。どう考えても、凄惨な光景しか思い浮かばない見世物だなぁ。だが、僕は応える。
「ラヴェナーレ卿、せっかくですが、明日、急遽宇宙に出ることになりまして、その準備のため、今日は控えようと思ってまして……」
と、それを聞いたラヴェナーレ卿が叫ぶ。
「えっ!? もしや、星の海原に出られるのですか!?」
「は、はい、そういうことに……」
「ならばぜひ、私も連れていってくだされ!」
「は?」
「いけませんか?」
「い、いえ、お連れすることは可能ですが……第1艦隊に立ち寄るだけですけど、よろしいのですか?」
「いやいや、構いませぬ! そうとなれば私も、旅の準備がありますゆえ! では明日の日の出の頃には参ります! そうだ、ネレーロ様にも声をかけて……」
「あ、ちょっと、ラヴェナーレ卿!」
僕の呼びかけなど聞く間も無く、馬車に乗り込み、その場を去ってしまった。いや、まさかラヴェナーレ卿まで連れて行くことになろうとは……
「おい、あの貴族、ついてくる気満々だぞ。いいのか?」
「うーん、仕方ないな。取り敢えず、
かえって仕事が増えてしまったな。だが、仕方がない。僕は艦橋に戻り、出発準備を進めつつ、各所に連絡する羽目になる。
で、出港の日の日の出の直後、時間にして午前6時ごろ。予告通り、ラヴェナーレ卿は現れた。
が、一人ではない。おそらくは身の回りの世話をさせるためであろう侍女が3人。そしてもっとも想定外だったのは、ネレーロ皇子までついてきたことだ。
「あの……何ゆえネレーロ皇子まで、ここに……?」
「そなたが宇宙に行くとラヴェナーレ卿が申したからな。それならばわしもと思い、ついてきたのじゃ」
受け入れるべき人物が、さらに一人増えてしまった。しかも、それ以外に3人も……唖然とする一同。
「なに? 貴族に皇子、おまけに女召使いが3人もついてきたって? 別にいいじゃねえか、賑やかでよ」
レティシアはあまり意に介することなく、むしろ歓迎する雰囲気である。が、カテリーナはそうはいかないだろう。なにせこの第3皇子の采配次第で、命を失うところだった人物だ。
と思っていたのだが、もはや過去は気にならないのか?艦橋にこの2人の重要人と、その侍女の3人を連れて行く際にすれ違ったカテリーナは、特に顔色ひとつ変えることなくすれ違いざまに会釈をしていた。
「ほほう、エレベーターといい、この艦橋という場所といい、実に面白い」
ネレーロ皇子は、あまり宇宙からもたらされた文化に接していないようだ。皇族ゆえに、この得体の知れない機械との接触を遠ざけられているのか、それとも単にその機会がなかったのかは分からないが、我々より前にここに滞在している
「これより当艦は第1艦隊が駐留する白色矮星域に向けて出発する。航海長、出港用意!」
「了解、出港用意! 機関始動、出力10パーセント!」
『機関室より艦橋! 機関始動、出力10パーセント!』
「繋留ロック解除!
「抜錨! 船体浮上を確認、駆逐艦0001号艦、発進します!」
ガコンという重い音がこの艦橋内に響く。横に立つ貴族と皇族、そしてその侍女の3人と元戦闘奴隷は、これまで訪れたことのない「空」という領域へ、初めて足を踏み入れる。
「両舷、微速上昇! 離昇開始!」
「両舷、微速上昇! ヨーソロー!」
艦長の指示と、航海長の復唱とが続く。船体はゆっくりと上昇を始め、あたりの景色が動き始める。
「おう、カテリーナよ、こっちに来いよ」
「は、はい……」
「ほら、帝都が、あの『あんこ焼きそば』もよく見えるぜ」
と、レティシアがカテリーナを呼んで、正面にある窓へと向かう。恐る恐る、窓の外を覗き込むカテリーナ。
徐々に帝都から離れていく。すでに
そのレティシアとカテリーナにつられて、皇子と貴族、そしてその侍女らも窓際へと行く。かつてないほど高い場所に到達していること実感した彼ら5人の内、身分の高い2人は歓喜し、その取り巻きとしてやってきた3人は驚愕する。
しかし、あの3人の侍女は気の毒だなぁ……おそらく、何も聞かされず、何も知らされないまま、この狭い艦内に連れてこられたのだろう。空高く、どこに向かうのかさえ知らされていない様子だ。なぜあの貴族や皇子は、自分達だけで行こうと考えなかったのか?
高度はすでに3万メートルを超えた。すっかり空は暗い。ここはもはや大気が薄く、宇宙の入り口と言える場所だ。
帝都はもうすっかり霞の下だ。遠く、森と砂漠が広がる大陸が眼下に広がっている。海も見える。
これほど高い場所となると、もうここが高いところだという実感が湧かない。遠くの地平線には、大気の薄い層が青い
「両舷前進半速! 大気圏離脱、開始!」
「両舷前進はんそーく!」
我が艦と、ペリアテーノ宇宙港から随伴する僚艦100隻は、長くたなびく
このため、一度大気圏を脱出し、
「それじゃあカズキ、ちょっと行ってくらあ」
「なんだ、もう機関室に行くのか?」
「なんでぇ、この船が重力圏脱出時に、一度だって無問題だったことがあったのかよ?」
「……いや、ないな」
「だろ? だから行くんだよ。それじゃカテリーナ、また後でな」
「あ……」
脇にある艦橋の出入り口から外に出るレティシア。残されたカテリーナは、周りをキョロキョロと見回す。
そこにいるのは、20数人の乗員と、3人の侍女を侍らせた貴族と皇族だけ。真っ暗な窓の外と、得体の知れない場所に、とても親しい間柄とは思えない帝都からの来客達。
急に不安になったのか、カテリーナは窓際からこちらへと移動する。そして僕のすぐ横に立ち、なにやらじーっと見つめてくる。
目がうるうるしている。不安で、押しつぶされそうな表情だ。それを見た僕は、そっと手招きする。
といっても、落ち着けという意味で送ったサインのつもりだったのだが、どこでどう解釈を違えたのか、それを見たカテリーナは僕のすぐ左隣へとやってくると、左肩にそっと顔を寄せる。
乗員が、ちらちらとこちらを見ている。艦長も、やや不機嫌そうにこちらを見ているのが分かる。あらぬ誤解が広がりつつあるのは、さすがの僕でも分かる。かといって彼女を今、突き放すわけにはいかない。レティシアという拠り所を失い、不安を抱える彼女が、この艦橋内で唯一知る人物として頼ってきているのだ。それを引き離すなど、とてもできない。
にしても、目の前の貴族と皇族はといえば、連れてきた侍女を堂々とはべらせ、肩を組んだり手を取ったりと、僕以上にべったりだ。しかし、そこはこの星の貴族や皇族だからということで、だれも気にする様子はない。
すでに第1宇宙速度に達し、周回軌道上に乗った。窓の外には、丸い
「青い……そして、丸い……」
初めて見る、青い大地。それは話や映像では知り得ないほど雄大で深遠な人の住む惑星の姿。窓際で侍女をはべらせているあの2人も、その姿に言葉を失っているようだ。
「第8艦隊、全艦集結しました!」
「了解。ではこれより重力圏離脱を行う。全艦に下令、両舷前進いっぱい!」
「全艦に下令、両舷前進いっぱい!」
さあ、いよいよこの艦の真の力を振り絞る時だ。艦長が立ち上がり、手を前に差し出しながら号令する。
「両舷前進いっぱい!」
「両舷前進、いっぱーい!」
航海長が復唱する。すると床の方から、ビリビリと振動が伝わってくる。と同時に、ゴゴゴッと低い音が鳴り響く。
青い
そんな客人などに構うことなく、0001号艦はその持てる力を最大限に振り絞っている。その音と振動に、あの皇族と貴族は侍女らと寄せ合っている。
ああ、やはりあの3人の侍女の内訳は、ネレーロ皇子に2人、ラヴェナーレ卿に1人だ。この艦内でおそらく最も事情を知らない侍女らは、自身のご主人にしがみついて、その恐怖に耐えている。
それは僕の左脇にいる人物も同じだ。僕の左腕にしがみつき、小さな身体を震わせて必死に耐えている。あの侍女よりはこの船のことを知っているはずのカテリーナではあるが、知識で知っているということと直に体感するということは、まるで違う。
しかし、このまま順調に重力圏を脱出してくれるとありがたいのだが、今までうまくいった試しがないなぁ……などと僕が考えること自体が、トラブルの元ではないのかと自分でも思うほど、タイミングよくそれは起きる。
急にガクンと艦橋内が揺れる。フォーンというあの唸り音がひびき始める。速力が落ち、僚艦に遅れを取り始め、いつものやりとりが始まる。
『機関室より艦橋! 炉内温度、急速上昇! 左機関、出力低下!』
「なんだと!?」
『このままでは
今度は左か……ちょうど窓の外には、再び
「な、何事か!?」
ラヴェナーレ卿もこの艦橋内のやりとりから、その異変に気づく。艦橋内は、さらに異常事態に関する報告が続く。
「速力低下! このままでは、
「左重力子エンジン、さらに出力低下! まもなく
別に彼らは任務として、忠実に事実を報告しているに過ぎない。事情を知らないこの星の人間を脅す意図など、毛頭ない。と言いたいところだが、もしかすると彼らは、帝都から押しかけてきたあの高貴な2人の人物への当て付けも兼ねて、ちょっと大袈裟に叫んでいるんじゃないかと思いたくなる。現にあの2人と取り巻きの3人は、突然起きたこの事態に慄き、互いに抱き合っている。
だが、もう少し抑え気味に報告できないものだろうか?怯えているのは、あの5人だけではない。僕の左腕にしがみついているこの人物も同様だ。
もちろん、ここにいる乗員は皆、知っている。あの魔女が、何とかしてくれるということを。
『どけどけぇ!』
と、乗員らの期待通りに、右機関室にレティシアが颯爽と現れる。
『おい、機関長! 水だ水! さっさと水を出せっ!』
『了解!』
『おらおらぁ、気合入れて行くぞ! おりゃあ!』
掛け声と共に、放水が始められて、それを水飴でもこねるように巨大な水玉にまとめあげるレティシア。
モニター越しに見えるレティシアのその勇姿を、カテリーナは食い入るように見つめる。
カテリーナはすでにレティシアの魔女としての力を一度、見ている。だがそれは木枷を破壊するという、レティシア本来の能力というわけではなかった。あいつの本当の力が発揮された時の姿は、まさに今、モニター越しに見えている。
『うらぁ!』
と、そこそこの大きさに成長した水玉を、いつものように高熱部位に押し当てる。ジュワーッと音を立てて蒸気が立ち上り、モニター上には何も映らなくなる。
『よしっ! 終わりだ!』
レティシアが叫ぶと同時に、機関音も正常に戻る。再び、勢いよく周り出す機関。
『機関室より艦橋! 冷却成功、出力戻ります!』
「了解した。進路そのまま、両舷前進強速!」
「進路そのまま! 両舷前進強速、ヨーソロー!」
再び勢いを取り戻した駆逐艦0001号艦は、僚艦と共に
そういえば、カテリーナはレティシアのあの仕事ぶりを初めて見るんだったな。僕の左腕にギュッとしがみついたまま、レティシアの本当の力を垣間見た彼女は今、何を思うか?
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