第8話 絆
食堂にて、マルゲリータピザとペペロンチーノを前に、唖然とするカテリーナを、僕らは眺めている。
ここは古代ローマにそっくりだからという理由だけで、イタリアン料理ばかり選んでみたが、考えてみれば元々、ここにはイタ飯風の料理などほとんどない。考えてみれば別に、なんでもよかったのか。
「まあ食え。どうせあっちじゃ、ろくなもん食わせてもらってねえんだろう。ここはチンケな食堂だが、あそこの食い物よりはうめえぜ」
「は、はい……」
などと言われても、食べ方が分からないだろう。基本的にこの国は、手掴みかフォークで刺す、スプーンで掬い取るくらいの作法しかない。だからピザはともかく、パスタは困るだろうな。レティシアがピザを手に取って食べるのを見て、カテリーナも見まねでそれを手に取り口にする。
一口食べると、カテリーナの表情が変わる。それまであまり活力を感じなかった顔に、ぱあっと明るさが差し込む。
「な? 言った通りだろう。これからここで働くんだ、じゃんじゃん食べてくれ」
黙々とピザを食べるカテリーナだが、こうなると横のペペロンチーノに興味が湧いてくるのは当然だろう。脇に置かれたフォークを持ち、それでパスタを突いてみるが、当然取れない。それを見たレティシアがフォークを取って、クルクルと絡め取ってみせ、それを渡す。その巻かれたパスタを口に入れると、これまた表情が明るくなる。口には出さないが、美味しいのだろう。その表情から読み取れる。
古代文明からいきなり現代の食事を口にすれば、桁違いの味の豊富さと深さに理解が追いつかないようだ。美味しいと分かっていても、それを言葉で表現することができないようだ。だから、黙々と食べるしかない。でもその表情からは、この駆逐艦の食堂の食べ物が彼女に与えた影響の大きさを窺い知ることができる。
「あの……私、ここで働く?」
ペペロンチーノとピザを平らげ、オレンジジュースを一口飲んだ後に、カテリーナが僕に尋ねる。
「そうだ。」
「でも私、一体、何を……」
「あなたが見せた弓の腕、あれを活かしてもらう。」
「……また、殺し合い……?」
彼女の言っていることは、その通りだ。僕は彼女の力を、まさに戦いのために使おうとしている。しかし僕は、こう応える。
「もちろん、我々の戦いのため、その腕を活かしてもらおうと考えている。だが、一つだけ忘れないで欲しいことがある」
「……なんでしょう?」
「ここでは、死ぬために働くのではない。生きるために働くのだ。それさえ忘れなければ、それでいい」
彼女にとってこの一言は、衝撃的だったようだ。それはそうだろう。おそらくあの
「そうだぜ。俺も生きるために、ここで働いてるんだ。だから、あの『あんこ焼きそば』での出来事は、みんな忘れろ。今日から楽しく生きるんだ」
「あ、あんこ……やきそば?」
レティシアなりにカテリーナを勇気づける。これで彼女も、ここで生き生きと働いてくれることだろうと……
と思った矢先、いきなり僕の前で、トレイを叩きつけるように置き、目の前で不機嫌に座る人物が現れる。
僕の顔を、おっかない形相で睨みつけてくるのは、グエン准尉だ。テーブルをバンと叩きつけ、開口一発、僕を問い詰める。
「ヤブミ提督!」
「は、はい!」
「……だれですか、この女の人は!」
なんだ? もしかしてグエン准尉は、カテリーナのことが気に入らないのか?
せっかくいい感じになじみ始めていたカテリーナの顔に、再び影が差し始める。
「いや、彼女はカテリーナといって、闘技場で殺されそうなところを……」
「だからといって、レティシアちゃんというものがありながら、側室を迎え入れようとするなんて……いくら提督でも許せません!」
「は?」
この士官は何を言っているんだ。側室? カテリーナを側室に迎えるだなんて、誰がそんなこと言ったというのだ?
どうやら、グエン准尉は妙な誤解を抱いているらしい。僕は弁明する。
「いや、待て。彼女は弓の名手で、その腕を砲撃に活かせないと思ってだな……」
「だいたい、レティシアちゃんもレティシアちゃんよ! 自分の旦那がこんな可愛い娘を堂々と艦内に連れ込んできてるっていうのに、何黙ってピザなんて食べてるのよ!」
「おいグエンちょっと待て、お前何か、勘違いして……」
レティシアもグエン准尉の誤解を解こうと説得を試みようとする。が、なぜかそこでレティシアは僕の顔を見て、急に不敵な笑みを浮かべる。そして、こんなことを言い出す。
「……いや、そうなんだよ。まったく信じられねえぜ、俺というものがいながら、こんな可愛いやつを連れ込もうとしてるんだよ!」
「やっぱり! まっったく!! 何考えてるんですか、准将閣下!! ちょっとばかりこの国の貴族からチヤホヤされたからって、調子乗りすぎですよ!!」
「あ、あのなぁ……少しは僕の話を……」
「そうなんだよ! 俺が目を離した好きに、こんな可愛いやつを部屋に連れ込もうと……」
「ええーっ!? な、なんですって!? いくらこの娘が可愛いからって、奥さんの目の前でそういうことやりますか!」
なぜかカテリーナに抱きついて、僕を刺々しく非難するグエン准尉。その少し後ろで、にやけながら僕の困っている顔を眺めるレティシア。
僕はムッとして、准尉にこう告げる。
「おい、グエン准尉。僕がそんな不貞なことをしそうな人物に見えるというのか?」
「見えます!!」
僕のこの一言に、ストレートに応えてきやがった。威圧したつもりが、逆撃を被ってしまう。
「普段、レティシアちゃんにしてることを見てるから、ヤブミ准将の変態ぶりは重々承知してますよ! 今さら、何を言ってるんですか!」
「あ、いや、ちょっと待ってくれ。それとこれとは……」
「いやあ、やっぱりそう思うよなぁ! グエンの言う通りだぜ!」
僕は思わず、泣きたくなってきた。一歩間違えば帝国との関係に亀裂を生みかねないほどのことをやらかしてまで、一人の人間の命を救ったと言うのに、なんだってここで、変態呼ばわりされなきゃならないのか……
まあ、この直後にレティシアがグエン准尉に、カテリーナがここにくるまでの経緯を話してくれた。
「……すみません……私の勘違いでした」
「いや、誤解が解ければそれでいい」
「いくら准将閣下が変態だからって、まさか他の女にまで手を出すなんてことはなかったんですね……ですが、今後はもう少し、誤解を生まないような行動をお願いしますよ」
うん、そうだね。これからはグエン准尉に感づかれない程度に、レティシアをいじることにするよ。
「にしてもカテリーナちゃん、大変だったねぇ。そんな野蛮なところで、ひどい目に遭わされていただなんて……」
「いや、大丈夫、もう問題ない」
「私はカテリーナちゃんの味方だから。困ったらいつでも言ってちょうだい。なんならこの変態閣下に何かされたら、私が怒鳴り返してあげるから」
「は、はい……」
准尉め、変態認定までは取り消すつもりはないらしい。にしても、カテリーナになんてことを吹き込んでくれたんだ。これじゃまるで僕が、司令官という立場を利用して好き放題しているヤバい人物みたいじゃないか。この国の貴族じゃあるまいし。
とまあいろいろとあったが、ともかくレティシアだけでなく、グエン准尉とも絆を結ぶことができたカテリーナ。今までは殺伐とした世界に身を投じていたが、これで彼女も明るくなってくれるといいのだが。
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