第7話 宿運
拳銃とはいえ、最大出力なら平屋建ての家を吹き飛ばせるほどの威力が出せる。そんな威力のビームが、まっすぐ闘技場のど真ん中に着弾する。
猛烈な爆発とそれに伴う爆風が、あの大男と女闘士を襲う。辺りに粉塵を舞い上げ、闘技場の中は一時、見えなくなる。その粉塵が晴れると、闘技場のど真ん中に、大きな窪みが現れる。
突然のこの銃撃に、民衆は声を失う。僕のすぐ前にいるネレーロ皇子、そして僕の横にいるレティシアとラヴェナーレ
僕は立ち上がり、ネレーロ皇子の前に立つ。そして僕は銃を収めて敬礼し、こう言い放つ。
「ネレーロ皇子! 折り入って、お願いがあります!」
しばらくあっけにとられていたその第3皇子は、しばしの沈黙ののち、口を開く。
「そ……そなた、何者だ?」
「僕……いや、小官は
「……その、星の海原を渡り我が帝国に参ったそなたが、わしに一体、何の願いがあると申されるか……?」
「今まさに、大男の大剣の餌食にされようとしているあの女闘士を、小官に預けてはいただけませんか!?」
「は? 女……闘士? かの戦闘奴隷を、預けよと?」
「さようです、皇子!」
群衆が少しざわめき始める。僕のこの突然の提案に皆、測りかねている様子だ。それはこの第3皇子も同じだ。
「……だが、勝敗は決した。ここに集う民衆は、かの者を殺せと息巻いておる。それはすなわち、絶対神アポローンの意思である。それに逆らってかの者を助けるなど、わしは到底承服しかねる」
「彼女のあの力は、このような娯楽の末に消してしまうにはあまりにも惜しい! それを見逃すのは、僕らにとってもあなた方にとっても、損失でしかない!」
「し、しかし……」
「お約束します! 必ずや彼女はこの帝国、いや、この星の救世主になれる人材であると!」
僕の必死の嘆願を、数万人はいると思われる群衆らはただ黙って聞き入る。が、ぱらぱらと拍手が起こる。それはやがて、闘技場全体を覆いつくす大音響へと変わる。
それを聞いたネレーロ皇子は立ち上がり、そして右手を大きく挙げて、それを静かに降ろす。それを見た大男は、たちまち悔しそうな表情に変わる。そしてやつは、僕の方を睨みつけてくる。
だが、僕は民衆を味方につけた。その民衆の声に、さすがの大男も逆らうわけにはいかない。剣を収め、すごすごと立ち去る。
一方のあの女闘士は、2人の男らに抱えられ、あの大男と同じ出入り口から退場する。退場の間際に、彼女は僕の顔をちらっと見る。
「いやはや……大胆なことをなされましたな」
てっきり抗議してくるのかと思いきや、やや感心した様子で僕に話しかけるラヴェナーレ卿。だがもし群衆が、僕の言葉を支持してくれなかったなら、おそらくこの貴族の態度も違ったことだろう。
「おい、カズキ……お前、思い切ったことやらかしたなぁ……」
ほとんど運と勢いで、僕はこの場を収めてしまった。さすがのレティシアも、僕のあの行動に呆れているようだ。
さて、この闘技場を出て、あの女闘士が引き渡される場所に待っている間に、急に僕は後悔の念に襲われる。ああ、いくらなんでもやり過ぎた。確かにあれは殺し合いであり、目の前で失われる命を救うためであったとはいえ、この国では合法とされる娯楽に向かって、最大出力の銃を撃ち放って水を差してしまったのだ。
とはいえ、もはや後戻りはできない。いや、1人の人間の命を救ったんだ。後戻りなど、したくもない。こうなったら僕は、行きつくところまで行ってやる。
ほとんど勢いで彼女を助け出してしまったわけだが、僕が群衆に語った言葉には、嘘偽りはない。
彼女の力、あの正確無比な命中精度は、彼女にとどめを刺そうとしたあの大男よりも遥かに有用だ。
あの才能、まさに
たった数本の矢で悟った彼女の実力。弓矢と主砲ではまさに月とスッポンほどの違いはあれど、人の感性に寄るところはどちらも同じ。だからあの女闘士は、絶対に優れた
ほとんど根拠のない直感だけをよりどころに救い出してしまった女闘士が、まさに僕の前に現れようとしている。2人の男とともに現れたその女性は、両手を木枷に拘束された状態で連れてこられた。
「なぜ、彼女は枷を?」
僕はラヴェナーレ卿に尋ねる。するとこの貴族から、ここがいかにも古代文明であると思い知らされる回答が返ってくる。
「ああ、こやつは戦闘奴隷だからですよ」
「戦闘……奴隷?」
「半年ほど前に我らが帝国が攻め滅ぼした、ダミアという国に住んでいた蛮族の生き残りでございます。この帝都に連れてこられ、
聞けばそのダミアというのは、帝国の南端、この大陸の真ん中に位置する国だったようだ。
その国では金銀、そして金剛石、つまりダイヤモンドが取れるらしい。だが、ダミアの連中は帝国を欺き、それら財宝を独り占めしていた。だから、滅ぼしたのだ、と。
戦争を仕掛ける大義名分としては、いささか幼稚すぎる理由だ。要するにその財宝を奪うため、不誠実な民族ということに仕立てたのだろう。目の前にいる、黒髪でやや浅黒い身体の彼女からは、そういう浅ましい雰囲気は微塵も感じとれない。
僕は、彼女に尋ねる。
「僕は、
そういえば彼女、ここより千キロ以上も遠くの国から連れてこられたと言っていた。ということはもしかして、僕やこの帝都の人々が話す言葉を理解できないのか?
と思いきや、僕の言葉を理解し、こう応える。
「私……私の名は、カテリーナ」
少し片言気味だが、言葉は通じるようだ。と、横でしばらくじっと見ているだけだったレティシアが、カテリーナに話しかける。
「俺の名はレティシアだ。お前、さっき、あの闘技場で、弓矢放ってた奴だろう?」
「はい……」
「たいしたもんだ。あんなでかい男を前にして、怖くはなかったのか?」
「私、自由になるには、死ぬしかない。だから、怖いとは思わない」
「ふうん……」
つまり彼女は、あそこで倒されるまで戦い続ける運命だった、ということか。死とはすなわち、解放だと言う。それを聞いたレティシアは、僕の方をちらっと見る。
なんとなく僕は、レティシアのやろうとしていることが理解できた。だから僕は、首を縦に振る。それを見たレティシアは、カテリーナに言う。
「じゃあ、今からお前を自由にしてやらあ」
そしてレティシアは、カテリーナの両手を拘束する木製の枷に手をかける。それを見たラヴェナーレ卿は、レティシアに尋ねる。
「あ、あの、何を……」
そのラヴェナーレ卿にかまうことなく、レティシアは実行に移す。
レティシアに触れられたその木枷は、バキバキと音を立てて割れ始める。あっという間に枷は粉々の、ただの木片と化す。
最大10トンもの物体を持ち上げることが可能な怪力魔女だ。こんな薄っぺらい木製の板を叩き壊すことなど、造作もない。不意にレティシアの力を見せつけられたラヴェナーレ卿だけではない、突然、自由を得てしまったカテリーナも、そのレティシアの魔術を前に、言葉を失う。
「死ななくったって、お前はもう自由だ。これからは、なんだってできらぁな」
急に軽くなった両手をまじまじと眺めながら、両手の自由を噛み締めているように見える。いや、どちらかと言えば、戸惑っているのか?
「あ、あの、ヤブミ卿。ご婦人は今、一体何を……」
「レティシアは、この星より4700光年離れた宙域にある
「ま、魔女!?」
「その星では魔女と呼ばれる人々がいるのです。あるものは空を舞い、そして彼女のように地に足をつけたまま、途方もない力を発揮する魔女もおります。その力ゆえに、レティシアは我が艦隊に身を置いているのです」
「な、なんと、魔女というものが星の海原の向こうにはいるのですか……」
「魔女だけではない、この宇宙には、我々の科学力ですら追いつかない不思議な能力を持つ者が多く存在しているのです。そのほんの一部を、我々は解き明かしたに過ぎない」
そして僕は、このカテリーナという女闘士にも、その特別な何かを感じた。ただの未開の星、この
馬車に乗り、僕らは駆逐艦0001号艦のいる宇宙港へと向かう。おそらく、手足が自由な状態でこの街中を移動するのは初めてなのだろう。カテリーナは、辺りを見回して、食い入るように街の様子を伺っている。
が、宇宙港に近づくと、その目はほぼ一点を見つめるようになる。
全長300から450メートル、高さ75メートルの、彼女がおそらく目にしたことのない巨大な船が数十隻、ずらりと並ぶ場所に向かっている。おそらくこれが上空を飛んでいるところは見たことがあるだろうが、地上にいるそれは、帝都では最も大きい建物である
そして馬車はその中の一つ、艦首に「001-08-0001」と大きく書かれた艦の真下に到着する。それを見上げるカテリーナ。
「さ、着いたぜ」
「あ、あの、ここは……」
「そうだな。ここはお前の新しい
「私の……住処……」
レティシアの言葉を理解しているのか否か、カテリーナは0001号艦を見上げている。戦争に敗れ、死ぬまで闘いを繰り返す日々を強いられてきた彼女は、この新たな「住居」を見上げて、何を思っているのだろうか?
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