第5話 赴任

地球アース1010、ペリアテーノ宇宙港より入港許可出ました!」

「了解した。前進半速、俯角20、高度3000まで降下する」

「了解!前進はんそーく! ヨーソロー!」


 珍しく、機関が大人しい。全開運転をしていないからだろうが、それにしても順調だ。1日1度は熱暴走する決まりでもあるのかと思うくらい、しょっちゅう制御不能に陥るあの機関が、今日に限って素直過ぎる。


「あーあ、順調ってのもつまんねえな。ここらでどーんと暴走してくれねえかなぁ。」


 おかげで、レティシアは手持ち無沙汰だ。だけど考えてみれば、これが当たり前のことだ。本来、暴走する方がおかしい。

 にしても、こういうセリフの後はフラグが立って、トラブルに陥るというのが世の倣い……のはずなのだが、レティシアが言うとフラグが立たない。そんなどうでもよい現実に、なぜか僕は少し嫉妬する。


 眼下には、うっそうと茂った森が広がっている。すでに大陸の上に差し掛かっており、その北端にある都市に、我が艦隊は向かっている。


 ペリアテーノ帝国の帝都、ペリアテーノ。この大陸の北半分を支配下におさめる、この地球アース1010で最大、最先端の国家。特にその帝都は、人口が100万を超える大都市である。その郊外の荒れ地に今、宇宙港が建設されつつある。

 駆逐艦用ドックはすでに400を超える。そのうちの100を我々が使い、残り200隻は隣の都市、ポンペーノの宇宙港へと向かう。


 ペリアテーノ帝国と我々の陣営である宇宙統一連合とが同盟を締結して3か月。すでにこの星には地球アース042の遠征艦隊が駐留しており、着々と拠点を築きつつある。そこに我々300隻が割り込む。

 最新鋭艦を引っ提げての登場だが、果たして、歓迎されるかどうか……聞けばここは、まだ農耕文化すら定着しきれていない古代文明の星。文化レベルは、1と2の間。正直言って、こんな遅れた文明の星も珍しい。そこにこの宇宙でも最先端の技術で作られた最新鋭艦が赴任する。妙な組み合わせだ。


 ところで我が艦隊には、随行する戦艦がない。


 通常は300〜400隻に一隻、戦艦がいる。戦艦と言っても、補給と旗艦を兼ねた後方支援用の船。だが我々300隻には、その後方支援の役目を果たす船がない。

 この第8艦隊は新型の機関を搭載する艦隊であるため、機動性に特化した艦隊。それゆえに、鈍足な戦艦など随伴させるわけにはいかない……というコールリッジ大将の意見を受け、そう決まった。

 このため、宇宙で補給を受ける時は、どこか別の艦隊の戦艦を間借りせねばならない。当然、地球アース1010では、現地に展開する地球アース042遠征艦隊に頼むしかないのだが……

 この艦隊は、何もかも間借りだらけだ。せっかくの最新鋭艦隊だというのに、なんだか先が思いやられる。


 そんなことを考えながら、我が艦隊は大陸上空を前進する。やがて、森が消えて荒野が広がり、その向こうに都市が見えてきた。

 石造りの建物が見えてきた。3、4階建てはあろうかという、多数の小さな窓がついた建物が整然と並ぶ。あれはおそらく、住居だろう。その向こうには広場があり、なにやら円形の競技場のような建物が都市の真ん中に鎮座している。

 広場には、いくつもの露店が並んでいる。人々が往来し、にぎわっているのがここからも分かる。都市の中を流れる川の上を、レンガ造りの橋のようなものが横断している。が、橋にしては細い。見るとそこには、水のようなものが流れている。ああ、あれはいわゆる、水道だな。

 古代都市と聞いて、もう少し原始的な光景を想像していた。が、思ったよりもここは発達している。まるで彫刻のような神殿か何かが、広場の向こう側にある丘の上に建てられており、その周辺には大きな屋敷のような建物がいくつも立ち並ぶ。


 その丘を越えて、艦は大きく旋回する。再び住居らしき建物群の上を通過すると、荒れ地が見えてくる。が、そこには高い塔が整然と並んでいる。あれは、駆逐艦用繋留ドックだ。


「8番ドックより、ビーコンキャッチ! 距離300!」

「進路修正、右0.1!」

「両舷停止! 速力10!」

「繋留ドック上空まで、あと30…20…10…停止! ドック上空! 降下、開始!」


 そのドックの一つに、我が0001号艦はまさに降りようとしている。建設中の宇宙港ターミナルビルが真横に見える。


「高度50…40…30…20…10…繋留ロック!」

「ギアの接地を確認!」

「ギアよし、繋留ロックよし! ドック入港、完了!」

「艦橋より機関室! 機関停止!」

『機関室より艦橋! 機関、停止!』


 地球アース001を出港して以来、8日ぶりの地上だ。しかしここは、地球アース001から7000光年以上離れた遠くの星。未だ未開の文明が色濃く広がる地。そんな星に僕らは、赴任することになる。


「よし、やっと着いた! カズキ、行こうぜ!」

「ああ、分かった」

「さあてと、それじゃこの星の、テーブルクロスを被ってる奴らに会いに行くとするか」


 レティシアのテーブルクロスという言葉を聞いて、艦橋にいる20人ほどが一瞬、訝しげな顔をする。ああ、僕があのとき言った言葉を真に受けているんだな。だけど、僕はまだこの星の住人の姿を知らない。本当にテーブルクロスを被っているかどうか……


 と思っていたのだが、エレベーターを降りて地上に出ると、明らかに現地の住人と分かる人物と接触する。


「ようこそ、帝都ペリアテーノにお越しくださいました。私は元老院議員の一人で貴族パトリキの、ラヴェナーレと申すものでございます。以後、お見知りおきを」


 ヒイラギの葉のような刺々しい草冠を被り、まさにテーブルクロスっぽいものを体に巻き付け、革のベルトを腰に巻き付けた男が目の前に現れた。お腹のあたりに右手を当てて、軽く会釈をするその人物。

 確か元老院の議員といえば、いわゆる貴族階級に当たる人物だ。いきなり大物が現れた。僕は敬礼して応える。


「お出迎え、ありがとうございます。小官は地球アース001、第8艦隊を預かる、ヤブミ准将と申します」

「では、ヤブミきょう。これよりは、我が帝都をぜひご覧いただきたく、私がご案内いたします」


 と、その男はさっと手を挙げる。すると後ろに控えていた女性が一人、僕の前に立つ。そして頭を下げながら、スッと手を差し伸べてきた。

 ああ、こういうところはいかにも古代風だなぁ。でも、僕には妻がいるんだけどなぁ……と、ふと後ろを振り向くと、レティシアのやつ、腹を抑えながら必死で笑いをこらえている。

 現れたのが本当にテーブルクロスを被ったような奴だったから、彼女の笑いのツボにジャストミートしてしまったらしい。こっちは今、他の女性から誘いを受けてるところだけど、妻として何か、言うことがあるんじゃないのか?

 で、その女官の手招きで、僕とレティシアは彼らの用意した馬車に乗り込む。馬車、といっても、屋根はなく、まるで広めの人力車に2頭の馬をつないだような、そんな感じの馬車だった。車輪は当然、木製。舗装された宇宙港内はまだしも、帝都に入った途端、ガタガタと揺れ始める。正直、乗り心地は最悪だ。

 だが、物珍しい建物がずらりと並ぶこの街の風景に、レティシアは興味津々だ。きょろきょろと周りを見回し、やや興奮気味に話しかける。


「おい、カズキ! 見てみろよ、あれ!」


 特に目を引いたのは、街の真ん中に建てられた巨大な建築物。円形の、競技場のようなそれは、この帝都では最も目立つ建物の一つだ。


「ほほぅ、ご婦人はあれが気になりますかな?」

「おうよ! で、ありゃ一体、なんだ!?」

「あれは、円形闘技場アンフィテアトルムですよ」

「あ、あんこ……なんだって!?」

「いわゆる闘技場でございますよ。どうでしょう、明日行われる闘技に、お二人をご招待して差し上げましょうか」

「ええっ!? 招待だってよ、そりゃあいいな! おい、カズキ、早速行ってみようぜ!」


 こいつには警戒心というものがないんだろうか?いや、別にこの貴族に含むところがあるわけではないが、この文化レベルの星での「闘技」というのが妙に気がかりだ。

 多分、レティシアのやつ、サッカーかラグビーでも観戦するつもりで返答しているようだが、きっとそんな生易しいものじゃないだろうな。さりとて、あちらの好意を無碍に断るわけにもいかない。何せ僕らは新参者だ。ここは受ける他、あるまい。


 僕らを乗せた馬車は、丘の上へと差し掛かる。そこは、白く大きな建物が立ち並ぶ区域。特権階級な人々が住む場所であることは、一目瞭然だ。

 その奥にある一際大きな建物に、馬車は向かう。その建物の前には、大きな彫刻が2体。一体は……髭を生やし、何だか偉そうな老人風の像で、その向かい側には、頭は牛で、身体は人間、両手に剣と盾を持ち、脚はどう見ても牛か馬のような、そんな感じの像が立つ。


「さ、着きました。どうぞ、こちらへ」


 馬車はその2つの像の手前で止まる。ラヴェナーレ卿と女官が馬車を降り、その2つの像の間へと手招きする。僕とレティシアはその誘いに応じ、馬車を降りる。


 いかにも古代文明の宮殿のようなその建物に入ると、多数の男女がずらりと並んでいる。皆、白やベージュのテーブルクロスを巻いたようなあの姿。ただし、頭にヒイラギの葉の冠を付けている人物は、ここにはいない。


 レティシアは興味津々だが、僕は正直言って、戦々恐々だ。なんの前触れもなく、この帝都の中心に連れてこられた。彼らは我々に対して、どういう感情を抱いているかもわからぬまま、僕は今、この国の中枢に連れ込まれてしまった。

 建物を通り過ぎると、そこは広場だ。そしてその広場には、大勢の人々。ここにいる人の中には、ヒイラギの葉の冠を被るものもいる。そして彼らは僕とレティシアを見るや、歓声をあげる。


「おおーっ! 星の国から参られた人だぞ!」


 その場にいた大勢の人々、特にヒイラギの冠をつけた人達は一斉にこちらへとやってくる。なんだ、なんなのだ?

 その人々の間から、テーブルが並んでいるのが見える。そのテーブルの上には、野菜や果物に何かの肉、そして幾つかの樽が並ぶ。どうやらここは貴族の宴会場、いわゆる「社交界」の会場らしい。

 しかし、こういっては何だが、原始的な感じの料理が多いな……豚や鶏の丸焼きに、果物も単にくし形切り、飾り切り、輪切りにしただけだ。野菜に至っては、丸ごと置かれているものもある。

 などと料理の品定めなどしている場合ではない。押し寄せた貴族と思われる人々に、僕とレティシアは囲まれてしまった。


「な、なんだ!?」


 さすがのレティシアも、驚きを隠せない。それにしても、あまりに不気味な笑みを浮かべて迫る彼らに、僕はかえって恐怖を覚える。

 が、その一人が、僕に話しかけてくる。


けい地球アース001という、この星の海で一番優れた星から参った者だと伺ったが、それはまことか!?」

「えっ!? あ、はい、確かに僕……いや、小官は、地球アース001より参りましたが」

「おおーっ! やはり、そうであったか!」


 それを聞いた周囲の人々から、再び歓声が上がる。


「ぜひとも我に、けいの星のことを聞かせてくれ!」

「星の海原を旅するというだけでも驚きであるというのに、さらにその中で最も優れた星とはどのようなところであるのか、是非とも知りたいのじゃ!」

「星の海で一番優れた星というからには、民は皆、光に包まれ薔薇の香りが漂う世界にて、生い茂る木々にはリンゴやイチジクが実り、それを絶えず手にすることができるようなところだと聞いておるが、本当か!?」


 は? 光の中で、リンゴやイチジクに囲まれた世界? 何を言っているんだ、この人達は。


「はぁ!? リンゴにイチジク!? そんなわけねぇだろう! そうだなぁ……でっかいガラス張りの高層ビルが立ち並んで、その下には、牛丼やら味噌カツやらが売っている店が並んでてよ、その間を人が行き交い、車が走ってる。まあ、そんなところだな」

「ぎゅ、ギュウドンにミソカツとは、いかなるものなのか!?」

「なんていやあいいのかなぁ……まあ、あれだ。牛丼ってのは、炊き立てのご飯の上に、独特のツユに浸された柔らかい牛の肉がかけられ、その絶妙な味と食感に思わずうなるぜ。味噌カツはさらに絶品だぜ。カリカリの衣に、ジューシーな豚肉、そして甘みと旨味を併せ持つ秘伝の味噌ダレが至高の味覚を奏でてくれらぁ。少なくとも、リンゴやイチジクよりは全然美味い食い物だ。いっぺん、食ってみりゃあ分かるよ。」


 そんな彼らに、レティシアは適当に応えやがった。まあ、レティシアが言ってることはあながち嘘ではない。が、多分彼らが我々の星に抱いているのは、天国パラダイス理想郷ユートピアのどちらかだと思う。


「そのギュウドンやミソカツというのは、どのようにすれば手に入るのか!?」

「ぜひ我らもその禁断の実を口にしたいものだ!」

「いや、俺らも食いてえけど、ここにゃねえんだよ!」


 おい、レティシア、お前のせいで、彼らの天国が「牛丼」と「味噌カツ」に置き換わり始めたぞ。だが、この会話を通じて、なんとなく分かったことがある。

 彼らは僕らが、とんでもない理想郷からやってきたのだと勘違いしているようだ。この宇宙で最も進んだ星。ということはきっとそこは、彼らが抱く理想郷が存在するに違いない。だからこそ、僕らに接近したがるのだろうな。

 しかし、文明、文化は進んでも、人間なんてどの星でもさほど変わりはない。いくら食べるものや道具が発達しようが、喜怒哀楽は存在する。世に言う天国のような世界など、少なくともこの1万4千光年の宇宙には存在しない。


 その後、テーブルに載せられた食材を食べながらの談話の時間が始まった。香辛料などなく、ほぼ塩味と素材の味しかしない肉類にかじりつき、ドレッシングやマヨネーズなど見当たらない野菜類を手づかみで頬張り、自然としか言い表せない果物を口にする。

 ただ、赤ワインだけはいい。少々酸味が強いが、フルーティーで、むしろここの粗削りな食事によく合う。

 いや、このワイン、酸っぱくてよかった。

 もしこれが甘みを帯びていたら、警戒しなくてはならないところだった。

 というのも、甘みの強いワインとは、酢酸鉛が含有している可能性があるからだ。そんなもの大量に飲めば、鉛中毒になる。実際に、古代ローマではそんなワインが出回っていたと聞く。


「わっはっはっ! いやあ、味噌カツもいいけどよ、この豚の丸焼きも最高だなぁ!」


 すっかり警戒心の緩んだレティシアは、陶製のジョッキに注がれたワインと、大きな肉の塊にかじりつきながら、すっかり上機嫌だ。故郷のナゴヤ自慢を、周囲の貴族達にしている。

 一方、僕の周りには、目のやり場に困るほどの薄着の女性達が、小樽に入ったワインを僕の持つ陶製ジョッキに注ぎながら迫ってくる。いや、反応に困る。

 この宴会場の奥には舞台のようなものがあって、そこでは素っ裸の男女が踊りのようなものを披露している。特に男は筋肉質な体形で、いわゆる肉体美を見せびらかしているといった様子だ。それを、取り巻きの一糸纏わぬ女性達が、花を添えている。並みいる貴族らはそれを見て、拍手を送っている。


 きっとこれは、彼らなりの精いっぱいの歓迎会なのだろう。だが、あまりの文化のギャップに、僕はかなり狼狽している。もちろんレティシアも……って、あれ?レティシアのやつ、舞台の上に上がって裸男の背中をバンバンたたいているぞ。そういうの平気なのか、こいつは?


 とまあ、とんだ歓迎会を受けて、その日の夜にはとてつもない疲労感に襲われる。この先も、この調子で文化の違いに悩まされるのだろうか?先が思いやられる。


 だが、異文化の落差を思い知らされるのは、むしろその次の日のことだった。それは同時に、僕に思わぬ「出会い」をもたらすこととなる。

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