第4話 報告
「元気そうじゃないか」
「はっ、おかげさまで」
戦艦ノースカロライナに入港して第1艦橋に上がると、そこには数人の幕僚らとともにコールリッジ大将がいた。僕は敬礼し、大将閣下に応える。
「戦果は聞いたよ。いや、あの1000隻を見逃した甲斐があったというものだな」
なんだか聞き捨てならない言葉が大将閣下から飛び出した。いやあ、それじゃまるで僕の艦隊に手柄を立てさせるために、あの敵の艦隊をわざと見逃したかのような物言いではないですか。それが本当なら、軍法会議ものだ。僕は敢えてこの発言を聞き流す。
「大将閣下。早速ですが、先の戦闘報告を行いたいと思います」
「うむ、そうだな。そのために皆に集まってもらっている。では、行こうか」
「はっ!」
「と、その前に、ヤブミ准将」
「はっ、なんでしょうか?」
「相変わらず、レティシア君とは仲がいいのかね?」
この大事な報告前に、なんてことを尋ねるんだろうか、この大将閣下は。
「は、はい、それはもう……」
「そうかそうか、いやあ、それなら良かった」
喜ばれてしまった。それを見た他の幕僚は、憮然としている。それはそうだろうな。
「なにせ彼女は、あの艦の切り札だからな。その切り札が司令官と仲が悪いとあっては、せっかくの新鋭艦の運用が危ぶまれるというものだ」
「は、はぁ……」
「そんな魔女の力まで借りて、ようやく手にした初戦果だ。じっくりと、聞かせてもらおうじゃないか」
レティシアを枕詞にする必要はあったのだろうか?時々、この大将閣下の真面目度合いを疑うことがある。
だけど、この決戦兵器理論の具現化に、レティシアの存在は欠かせない。彼女がいなければ、あの新型機関と持続砲撃は両立できなかった。それは事実だ。
30年をかけて、ついに新型機関が完成した。
これまでの重力子エンジンでも、30分間限定での大出力運転が可能だったが、あれを通常出力として可能にする機関だ。ゆえに我が艦隊の艦艇は、通常の駆逐艦よりも高い機動性を誇る。
だがこの機関、欠点がある。大型の核融合炉を必要とし、また高熱により熱暴走しやすいということだ。この欠点を補うべく、我々の艦艇には大型の冷却装置がつけられている。
ただし、その大型核融合炉と冷却機搭載のため、450メートルという駆逐艦規格最大サイズに達してしまった。
さて、問題はもう一つある。
そこに僕の提案した「持続砲撃」の可能な兵器を載せようとした時、さらに50メートルほど全長を伸ばす必要があるということだ。
だが、そこまで大きくすると、もはや駆逐艦ではない。補給や修理、点検時に標準ドックに収まらなくなる。
ゆえに、0001号艦のみ冷却機を削除し、特殊砲撃を可能とした。
このため、時折、機関が熱暴走する。それを冷やすために、あの魔女がいる。
熱暴走の際に、ホースで水をかけてしまえば良いのだが、それでは他の機器類にまで水がかかり、故障の原因となる。だがあの魔女は水を操り、冷却すべきところをピンポイントで冷やすことができる。
0001号艦のテスト航海中に、たまたま民間業者の一人として乗り込んでいたレティシアが、熱暴走した機関をその力で冷やして暴走を止めることができたため、この艦だけは彼女に頼ることになった。
そして、その成果を今、僕は第1艦隊総司令部にて報告している。
「……以上により、敵射程内での砲撃となったものの、僚艦との連携で多数の敵艦を消滅。数に勝る敵艦隊を圧倒し、敗走に追い込むことができました」
僕の報告を、無言で聞き入る第1艦隊の各分艦隊諸将と幕僚達。たった一隻で、150隻もの艦艇を撃沈した。かつてない戦果に皆、言葉を失う。
だが、その静寂を、大将閣下が破る。
「うむ、思ったよりも少ないな」
予想外の一言に、僕以外の出席者は一瞬、顔を歪める。が、僕にとっては想定したコメントだった。
「もう少し上手く狙いを定めていれば、400隻はいけたであろうな。戦闘記録を見ると、そう思わざるを得ない」
「はっ、おっしゃる通りです。が、砲撃時は自らの発するビーム光とノイズのおかげで、光学観測もレーダーも使えません。その状態で艦首を敵の艦列に合わせながら動かすなど、とてもできそうにありません」
「まあ、そうだろうな。回避運動中の敵艦目掛けて、ほとんど勘だけで狙っているようなものだからな。やむを得ないだろう。とはいえ、どうにかできないものか……」
さまざまな議論が交わされたが、ともかくこの脅威的な戦果は、軍司令部に報告されることとなった。
この武器が
いや、場合によっては、再び暗黒時代に逆戻りする可能性もある。
会議が終わり、僕はエレベーターでこの戦艦ノースカロライナの艦橋の真下に向かって降りる。長いエレベーターの着いた先は、広いロビーだ。エレベーターを降りて振り向くと窓があり、そこには無数の照明が見える。
その下には、街がある。4層からなる多層型の街が、この小惑星でできた船体の中心部にくり抜かれた400メートル四方、高さ150メートルの空洞に作られている。
「よぉ! 時間通りだな!」
と、街を眺めていた僕の背後から声がする。振り向くと、レティシアがいた。
「やっと終わったよ」
「そうか、お疲れ。それじゃあ、行こうぜ」
すでにグエン准尉と街を一回りしてきたのだろう。手には幾つか、袋を抱えている。
「どうせまた、時代遅れなワンピースでも買ってきたんだろう?」
「あたりめえだろう。この服は、ここでしか買えねえんだから」
なぜかレティシアは、中世の平民階級が着るような古臭い服を好んで着る。本人曰く、この格好が一番、魔女らしいから、だそうだ。
「で、どこに行くんだ?」
「もう飯の時間だ。となりゃあ、いつものあそこに決まってるだろう」
「ああ、そうだったな」
いつもの場所といえば、レティシアと向かう先は一つしかない。
それは、2人にとって思い出の場所。僕がレティシアに、告白をした場所でもある。
その店はこの街の、第3階層にある。僕とレティシアはエレベーターに乗り込み、第3階層へと向かう。
エレベーターを降りると、大勢の人々の姿が見える。この街の3階層目には飲食店が多く、ひと際賑わいを見せる。
第1艦隊と我が第8艦隊の駆逐艦乗員がこの街を訪れており、駆逐艦内の味気ない食堂では味わえない食事をとるために、この3階層に集まってくるようだ。
エレベーターを降りた場所から2ブロックほど進むと、目的の店がある。「とんかつ」と書かれたこの店の看板の下にある出入口をくぐり、店内へと入る。
「いらっしゃい。お、なんだ大将じゃねえか。久しぶりじゃねえすか」
僕のことを「大将」と呼ぶのは、ここの店主だ。
「何言ってるんだ。まだ准将だよ」
「俺からすれば、どっちも似たようなもんですよ。で、いつもの部屋かい?」
「ああ、頼む」
もう何度も訪れた店だ。僕とレティシアは、いつもの座敷に通される。
「それじゃあ、メニューもいつもの味噌カツ定食でいいかい?」
「ああ。だけど今日はもう一つ。これを頼みたい」
「なんでぇ、九平治を頼むなんて……大将よ、まさかこれから、彼女に告白するんですかい?」
「いや、それはもう半年以上前に済ませただろう。そうじゃなくて、当面、ここには来られないだろうから、せめて出発前に、思い出の酒を飲もうと思ってさ」
「なんだ、やっぱり赴任するのか。寂しくなるなぁ。で、どこに行くんだ?」
0001号艦のテスト航海中は、ほぼ毎週のようにここに通い詰めていた。レティシアとこの店に最初に来たのは1年前。あの時はまだ彼女とは仲が悪くて、だけどせめて少しでも互いを知ろうと思い、この店に連れてきたのが最初だ。
そして気づけばここが、デートコースの一部になっていた。
「俺らはこれから、
「へぇ、そうなのかい、レティシアさん。そこは最近、見つかったばかりの星じゃねえすか」
「そうだよ。だから、俺の乗った船が行くんじゃねえか。強ええんだぞ、この船」
「はっはっはっ! そりゃそうだろうな、こんな怪力魔女が乗ってりゃあ、連盟軍とてひとたまりもねぇ!」
レティシアと店主が談笑している。その脇から店員がそっとおしぼりとお茶を置いていく。
「だけど、時々は第1艦隊司令部に報告に来ることになるから、その時は顔を出すよ」
「そうかい、それじゃあ全くのお別れってわけじゃねえんだな。てことは、今度会うときは、子供連れかねぇ」
「いや! さすがにそれは当面、ないから!」
「おい、大将。顔が赤いぜ」
この店を知ったのは、ここに着任したばかりの頃に、コールリッジ大将が連れてきてくれたのがきっかけだ。僕の故郷の味が楽しめる店だと、わざわざ大将閣下自ら探してくれたのだ。以来、ここの店主とはまるでご近所同士のように話せる仲だ。
やがて、注文した料理が運ばれてくる。ほんのりと甘い味噌の香りに、ガラスの小瓶に入った清酒。そのガラス瓶を持ち、レティシアの持つ盃に注ぐ。と、レティシアのやつ、それをくいっと飲み干す。
「ぷはぁ! やっぱりいい酒はうめえなぁ!」
なんだ、乾杯しようと思ってたのに、いきなり飲み干しやがった。僕は自分の盃にそれを注ぎ、レティシアの盃に入れなおすと、ここでやっと盃を交わす。
「そういやあ、これを飲むのは7か月ぶりくらいかねぇ」
「そうだな」
「あんときはいきなりこんないい酒を頼むから、何事かと思ったらよ。酔った勢いで俺に向かって、結婚してくれぇって言いだすから、驚いたのなんのって……」
「おい、僕はもうちょっと風情のあるセリフを言ったはずだぞ。何光年も先に行くことがあっても、付いてきて欲しいって……」
「なぁに今さら気取ってんだよ。要するに俺と結婚してえって、そういうことじゃねえか」
などと言いながら、やってきた味噌カツを食べ始めるレティシア。銀色の髪を持つ彼女が、僕の故郷の郷土料理を食べる姿は、初めの頃はどことなく違和感があった。が、それもいつの間にか慣れてしまった。
「ところで、今度行く
「おう、そういやあ、どんな星なんだ?」
「そうだな……一言でいえば、古代ローマのようなところらしい」
「古代ローマぁ? てことは、俺の今着ているこの服よりも、もっと古臭い服を着てやがるのか?」
「まあ、そうらしいな。テーブルクロスのような白い布をまとって、腰にベルトをつけたような……」
「て、テーブルクロスって……くっくっくっ……そ、そんなおもしれえ恰好、本当にするのかよ……」
なぜかテーブルクロスがウケたらしい。そんなに面白いか?こいつ、ちょっと酒を飲み過ぎたのだろうか?いや、レティシアは、笑い上戸ではないはずだが。
「んでよ、そんな星に、どれくらいとどまるつもりなんだ?」
「うーん、分からないなぁ」
「なんでぇ、普通は3年か5年くれえだって、お前、言ってたじゃねえか」
「それがその星は、この長跳躍ワームホール帯からほど近いところにある星なんだ」
「そうなのか? でも、それがどうした?」
「つまりだ、ここは連盟軍がしょっちゅうやってくる激戦宙域だ。そこから一番近い星ということになるから、その星が自身の防衛艦隊を保有するまでは、離れられない可能性が高いってことになる。最低でも、10年は覚悟した方がよさそうだな」
「ふええ、10年かぁ……そりゃあ、ちょっと長げえな」
「ところで
「そうなのか? ていうか、第1艦隊じゃねえのか?」
「この艦隊は、この長跳躍ワームホール帯から
「そうか」
それを聞いたレティシアは、味噌カツを頬張る。もしかするとこの店の味は、しばらく味わえないかもしれない。僕にとってもレティシアにとっても、ここは第2の故郷みたいなものだからな。名残惜しいのは当然だろう。
300隻の補給が完了するのが3日後。その後、僕らは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます