第3話 きっかけ

「第1艦隊総司令部より入電! 『第8艦隊旗艦0001号艦以下、300隻の順次入港・補給を許可する』以上です!」


 我が地球アース001には7つの艦隊、合計で7万隻以上の艦艇がある。この300隻の新鋭艦隊はそれらとは別の、形式上は8つ目の艦隊「第8艦隊」を名乗っている。が、たったの300隻の艦隊。目の前にいる1万隻の第1艦隊と比べたら、300隻の艦隊など取るに足らない存在だ。

 さて、今向かっている第1艦隊を率いる総司令官のコールリッジ大将は、僕のかつての上官だ。この第8艦隊創設と、僕の艦隊司令就任に深く関わった人物でもある。それゆえに僕の中では、この第8艦隊は第1艦隊の分艦隊の一つだと思っている。


「第1艦隊旗艦、戦艦ノースカロライナより入電! 『第8艦隊旗艦のノースカロライナ第1ドックへの入港を許可する。宛て、第8艦隊総司令官、ヤブミ准将。発、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将』以上です!」

「了解、これより当艦は、戦艦ノースカロライナへと向かう」

「両舷前進微速、取舵10度!」

「とーりかーじ!」


 そのかつての上官から、名指しで入港許可が飛んできた。今回の戦闘報告をさせる気満々なのなんだろうな。長い付き合いだから、そういう意図がひしひしと伝わってくる。いやむしろ、願ったり叶ったりではあるのだが。


 あれはもう、5年前になる。僕が第1艦隊幕僚補佐として着任したその日に、突然、コールリッジ大将に呼び出された。あれが、今の僕の立場を運命づけることになろうとは、その時は思いもよらなかった。


 ◇◇◇


「ヤブミ少尉、入ります!」

「うむ、入れ」


 着任早々、僕は大将閣下に呼び出される。総司令部付きの幕僚であるから、いずれはコールリッジ大将とは接する機会もあるだろうと思ってはいたが、着任したその日に直接呼び出されるとは、一体どういうことだろうか?

 まさか、僕は何かやらかしたのか……? 身に覚えはないが、総司令官が新人をいきなり呼び出す理由など、それくらいしか思いつかない。


「いきなり呼び出して悪かったな。ああ、別に貴官が不祥事などをやらかしたというわけではない。安心してくれ」

「は、はい……承知しました」


 大将閣下はそんな僕の気持ちを察してくれたのか、第一声で僕の不安を払拭する。とはいえ、ならばなぜ呼ばれたのか?余計に不安が募る。

 大将閣下の向かい側、応接用のソファーに腰掛ける。するとコールリッジ大将はある書類を僕の目の前に置いた。その表紙を見て、僕はハッとする。


「貴官の軍大学の卒業論文、見させてもらったよ」

「は、はい」

「ここに書かれた『決戦兵器理論』、なかなか面白い発想だな」


 そう、そこにある書類とは、僕が数ヶ月前、軍大学に提出した卒業論文だった。たかがいち若造の書いたそれを、なぜ艦隊総司令官が持っているんだ?


「で、結論から言おう。私も似たような構想を抱いていて、それを実現したいと考えている。その構想をより具現化したのが、この論文だった。だから君をここに呼びつけた。そういうことだ」

「そういうことですか……ですが、閣下の構想とはどのようなものですか?」

「この地球アース001艦隊の艦艇は80年ほど前より、他の星とは異なり、長射程の主砲を持っている。それを使い、我々はアウトレンジ戦法を用いて、連盟軍を圧倒してきた」

「はい、おっしゃる通りです」

「ところがだ、最近は敵も我々のアウトレンジ戦法に対抗して、バリアシステムや回避運動アルゴリズムの改良、陣形の工夫などの対処戦術を確立し、すでにこの戦法はほとんど意味をなさなくなってきている。このままでは近々、多数の連盟軍が我が地球アース001への直接侵攻する事態もありうるかもしれぬ。そこで、それに代わる新たな戦法が必要となる」

「その通りです。それが僕……いや、小官の『決戦兵器理論』の前提でもあります」

「そうだ。だが、軍総司令部内でも私の意見を受け入れる者は少ない。特に第2、第5艦隊の提督などは、アウトレンジ戦法こそが我が地球アース001の切り札だと主張して譲らない。まったく……敵とて進化しているというのに、危機感のないことを……」


 このとき僕は、この艦隊司令官が、いや、我が地球アース001が抱える闇を垣間見たような気がした。


「で、私が提案したのが、アウトレンジと大出力砲撃を組み合わせ、敵の攻撃前に敵艦隊の前進を阻むという戦術だ」

「はい」

「これについて、貴官はどう思うか?」

「あの……正直に申し上げて、よろしいでしょうか?」

「かまわない」

「はっ。では申し上げます。確かに敵射程外からの大出力砲撃、当たれば敵のバリアシステムをも貫き、それは大いなる脅威となるでしょう。ですが、当たればの話です」

「うむ、その通りだ」

「しかしアウトレンジ戦法というのは長距離である分、命中率も下がります。加えて大出力砲撃は、攻撃力のわりに装填時間が長く、その間に敵の接近を許すこととなります」

「その通りだ。他の提督や軍令部の幕僚達からも、それを理由にこの戦術は否定されたよ。ところがだ」


 と、大将閣下はテーブルの上に置いた僕の論文の書かれた紙束を持ち上げる。


「ここにも同じ大出力砲撃によるアウトレンジ攻撃という内容が書かれていた。しかも、アウトレンジ戦法の弱点である命中率の低さをカバーする手段があると説いている。それで私は、書いた張本人にその真意を尋ねようと考えた次第だ」

「はっ」

「単刀直入に聞こう。ここに書かれている『持続砲撃』という手段、それは本当に実現可能なのか?」


 持続砲撃とは、簡単に言えば一瞬で放たれる今のビーム砲撃を、数秒間かけて放つ砲撃のことだ。大出力のビームを数秒間流し続けることができれば、まるでほうきでチリを払い取るように、敵をなぎ倒すことが可能となる。僕は応える。


「もちろん、可能であると考えてます」

「その根拠は?」

「はっ。民生用の小出力での小惑星掘削用ビーム機で、すでにそういうものが実用化されております。それを大型化して艦艇に搭載することができれば可能であると、小官は愚考いたします」

「そうか。では早速、取り組んでもらおう」

「は?」

「その持続砲撃ができるビーム兵器の開発指揮、貴官に任せようというのだ」

「ですが、小官はまだ、着任早々の新人幕僚であり……」

「この件に関しては、経験や実績など不要だ。新人だからと言って、遠慮することなどない。私の指揮下で、大いに取り組んでくれ」


 思いがけない提案が、大将閣下からなされた。僕はすぐに応える。


「はっ! では、全力を尽くし、閣下の期待に少しでも応えられるよう致します!」

「うむ。ところで、それが実用化したとして、その兵器を何と名付けるか?」

「はっ! 実はその名は、すでに考えておりまして……」

「聞こうか」

「波動砲、というのはいかがでしょうか?」

「……まるで昔のアニメ作品にでも出てくるような名前だな」

「実際、この『決戦兵器構想』は、その昔のアニメ作品からヒントを得たのです」

「ダメだな」

「ダメでしょうか? 力強くて、良い名だと思ったのですが……」

「それがダメだ。それではいかにも究極の兵器を作りましたと、宣伝するようなものではないか。目立つ名前では、敵に察知されやすい。そうだな……せめて、特殊砲撃とか、ぼかした名前が良いと思うがな……」


 それから3時間ほど、閣下との話が弾んだ。


 ◇◇◇


「閣下、あと2分で、戦艦ノースカロライナ第1ドックに入港します」

「……了解しました。お任せします」


 艦長からの報告で、僕は我に返る。思えばその時議論していた「持続砲撃」が可能な兵器は、この艦に搭載されている。

 もっともまだ諸問題あって、この艦しか搭載できていない。他の299隻には同じビーム砲が搭載されているものの、特殊砲撃用の機器が搭載されておらず、持続砲撃を行えない。もし残りの艦艇にも同じ兵器が使用できるようになれば、我が艦隊は一個艦隊にも匹敵するほどの圧倒的な兵力を手にし、それこそ宇宙の軍事バランスを変えてしまうほどの力を持つかもしれないというのに……


 ところで、この駆逐艦0001号艦の艦長であるオオシマ大佐は、御歳55歳。僕の倍近い年齢と、僕の年齢ほどの軍歴を持つベテラン中のベテランだ。

 第8艦隊旗艦である我が艦の艦長になる前は、第1艦隊で10隻の艦を指揮する戦隊長を長年務めていた。コールリッジ大将からは、冷静で手堅く適切な判断を下せる、しかし柔軟性に乏しいという評価の人物だ。

 実際、見るからに気難しい人物である。なんだって僕の配下に、こんな扱いづらそうなベテラン艦長をつけるのかなぁ。コールリッジ大将の真意がしれない。


 とはいえ、ここまではなんとか順調にやってきた。そして初戦の勝利を引っ提げて、我が艦はコールリッジ大将閣下の元へ向かう。

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