第6話 本当はわかってるのに

「あ、そういえばお土産あったんだった」


「え、ありがたいけど、わざわざいいのに」


 光はゴソゴソとソファの脇に掛けてあったリュックを漁り、紙袋を取り出し、中から見たことのあるパッケージがこんにちはしてきた。


 ソファに掛け直し、隣に座る私にパッケージを強調するように見せて来た。


「これ、抹茶味のカントリーバウムとキットキットのホワイトチョコ味!」


 冗談なのか本気なのか今一分からなくて、一瞬だけ言葉に詰まる。


「……えっと、すっごい嬉しいんだけど、その、それを買った場所って……」


「うん?日本の空港だよ!!いやー、アメリカで買うのよりこっちで買った方が断然安いから感動していっぱい買っちゃったんだよねー!」


「な、なるほど」


 てっきりアメリカ土産が出てくることを期待していたから、もらえるだけありがたいことなのに、何となく肩透かしを食らったような気分になってしまう。


 でも、いつでも食べられるものであっても光ちゃんが買って来てくれたものってだけで特別感があって、お菓子を受け取るとじわり胸が温かくなる。


「ありがと、光ちゃん。味わって食べるね……あれ?」


 お菓子を受け取りながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。


「そういえばアメリカ帰りなのにスーツケースとか大きい荷物は持ってきてないんだね。リュックサックだけで」


「あー、重いやつはどうせ明日事務所寄るから、マネージャーに持って行ってもらったんだ」


「じ、事務所……?マネージャー……?そういえばさっきもそんな感じのこと言ってたけど、え、光ちゃんってアイドルか何かやってるの……?」


 と言うか、寧ろやってない方がおかしいくらいの容姿してるし、体から滲み出てるオーラはアイドルって言われたら納得してしまうくらい神々しい。


 光はやってしまったと言わんばかりの表情をしてから、一瞬思案顔を浮かべてから、いたずらっぽい笑みで人差し指を唇に添えた。


「企業秘密です」


「そ、そう……だよね」


 そりゃあ、企業の方針とかもあるだろうし、一般人の私には言えないこともあるだろうからしょうがないのかな、とは思う。

 でも、ちょっとだけ、「婚約者なのに……」と胸の奥がもやっとしてしまう。


 そんな聞き分けのない私の体を、光ちゃんは優しく包み込んでくれる。


「ごめんね、またちゃんと教えるから……今は許してくれる?」


「……うん」


 勝手にいじけて、あやされて、子供みたいだな、私。


「ん。いい子」


 自分の豊満な胸に埋めたまま、私の後頭部を撫でてくれる。


 気持ちいい。心地いい。


 光ちゃんに抱き締められると、心臓が飛び出しそうな程ドキドキするのに、このまま眠ってしまいたくなるくらい安心できる。そんな矛盾の共存を胸に宿しながら、体の全てを婚約者に委ねる。


 ずっと好きだったとは言え、十年ぶりに会ってまだ半日も経ってないのにこんなに心地が良いなら、一緒に暮らしていくとどうなるのだろうと、ふと頭に思い浮かぶ。


 でも、光ちゃんは今日だけしか私の傍にいない。


 明日には事務所に向かい、いつまで滞在するのかは知らないけど、それほど経たずアメリカに帰って行ってしまう。


 この温もりが、柔らかさが、全て、全部が、私の元からいなくなる。


 じわりと、目頭が熱くなる。


 また泣いてしまうんだな、と自覚する。


 気付いた時にはもう既に、光ちゃんの着ている白シャツの胸元に涙が滲んでしまっていた。少し体を離して、「汚しちゃってごめん」と言う前に、唇を塞がれる。


 光ちゃんの顔がすぐ近くにあって、あ、お肌綺麗だな。


 睫毛も長くて、髪の毛も艶がかってるし、どうやって毎日ケアしてるんだろ。


 きっとすごい苦労してるんだろうなあ。


 なんて、最初は何故か冷静に考えていた頭が、次第に白く染まって、何も考えられなくなっていく。


「んっ……ふっ……」


 私の唇と、光ちゃんの唇が重なって、何秒か経って、離れていく。


 光ちゃんは顔を赤くして、息を荒く吐いている。


 私も多分、光ちゃんと同じような感じだと思う。


 そんなことを考えていたら、また塞がれる。


 今度はさっきよりも深く、唇の全てをぴったり合わせて、密閉するように重ねてくる。


 かと思えば、離れて、また角度を変えて合わさる。


 それが何度か繰り返されてから、私の上唇に唇とは違うぬめりとしたものが触れた。


 光ちゃんの舌が私のを舐めたんだなと、蕩けた頭で思考して、その何とも言えない感触に熱い何かがお腹辺りに生じる。気付けば求めるように私は口を開けて、舌を光ちゃんに差し出していた。


 すぐさま情熱的に絡めとられて、茹だったような熱さに溺れていく。


 夏で外は暑いから、クーラーはいつもより低めに設定していた。


 ご飯を食べてくつろいでいたさっきまではちょっと寒かったけど、今は熱くて、暑い。


 水音を奏でながら、お互いどうやったらいいのか分からず、思い思いに気持ちのいい所を絡め合っては息を切らして、離れて。また獣のように絡みつく。


 そうしている内にお腹辺りの熱さは疼きを増していく。何となく光ちゃんに触って欲しいなと思っていたら、願いが届いたのか光ちゃんの手が私のお腹に触れて、ツツと、何故か下に下がっていく。


 どうしたんだろうと、本当はわかってるのに白々しく思う。


 これから私はどうなっちゃうだろうなんて不安は、光ちゃんの愛撫に優しく溶かされていく。


 七夕のある日、私は今まで大事にしていたものを大好きな人に捧げた。

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