第5話 やり残したこと
カーっと、全身が熱を持つのが分かった。
押し黙ってしまった菜由に、光は微笑みを浮かべる。
「ふふ、私たちおかしいね。婚約してから両想いだったって気付くなんて」
「……ぅ」
リンゴのように真っ赤になってしまった菜由の頬を両手でなでなでと撫でながら、光は感慨深げな表情になる。
「さっきも言ったけどさ、十年ぶり……なんだよね」
菜由は潤んだ瞳のまま顔を上げ、「……うん」と小さく返した。
「長いようで短くて、でもやっぱり長くて……十年間、ずっと、ずーっと菜由に会いたくて、菜由の声が聞きたかったの。だから会ってすぐ菜由の顔を見たら暴走しちゃって、菜由が事情を聞いてないって薄々察しながらほっぺと首筋にキスして、唇も奪いそうになっちゃった。ごめんね」
申し訳なさげに眉を潜める光に、菜由はふるふると首を横に振る。
「う、ううん……わ、私も、その……全然、嫌じゃなかった……から……大丈夫」
「ほんと?許してくれる?」
今度はこくりと縦に振る。
「んふふ、よかったぁ。あ、じゃあお詫びに何でも一つお願い聞くよ?」
「……はぐ」
「ん?なんて?」
「ハグ……さ、さっきみたいに……ぎゅってして欲しい……」
「ん。分かった」
光は床に膝をつき、椅子に座ったままこちらに身体を捻っている菜由の身体を抱き締めた。お互いの肩に頭を乗せ合い、肌を密着させ、普段よりも高い体温を交換し合う。
光は出来心で、赤く染まっている菜由の耳を優しく唇で食んだ。菜由の体はびくりと大きく跳ねて、抱き締める力がさっきよりも強くなる。はむはむと味わうようにしてから、ツーっと背筋をなぞるとびくびくっとイイ反応が返って来て、髪の毛を掬い上げながら首筋を撫でると、菜由は「んぅぅっ」と高い声を返してくれる。
思わず出してしまった声が恥ずかしすぎて菜由は光を押しのけようとするも、「ふ~~っ」と耳に吹きかけられた生温かい吐息に全身の力が抜けて、それは叶わない。
そのまま耳元に唇を当てながら、光は囁くように呟いた。
「いいんだよ、菜由。えっちな声出しちゃって。だって私たちは婚約者なんだから、ね?」
「……うん」
安心する声音が脳内に響いて、小さい子を宥めるように優しく背中を撫でられるとすぐに菜由は緊張が解け、光に体重を預ける。
そこで菜由はふと感じていたことを尋ねた。
「……なんか光ちゃん……こういうこと、慣れてる……?」
「ん?いや?まあ、向こう住んでたから距離感近い人も多かったし、そういう意味では慣れてるのかもしれないけど、私、すっごい今ドキドキしてるよ?菜由に触れるのだって、最初っからずっと勇気出してがんばってるし」
「……ほんと?」
「うん、ほら」
光は少しだけ菜由から体を離し、彼女の手を取って自分の胸の中心に置いた。
「ちょっ……!?光ちゃん!?」
菜由の手が光のふわりと大きなお胸に触れて、ふにょりと柔らかく沈む。
口から心臓が飛び出そうな程自分の鼓動がうるさくて、光の心音なんて少しも聞こえない。
頭が真っ白になった菜由は、本能に突き動かされるまま胸に触れている指を柔らかさを求めるように勝手に動いてしまう。やがて「ん゛っ」と濁点の混ざった光の咳払いでようやく我に返ったように手を離した。
お互い弾かれたように距離を取り、少しの間気不味い時間が流れる。
先に口を開いたのは、菜由の方からだった。
「婚約して日本に帰って来たってことは……光ちゃん、今日からここに住むの……?」
恐る恐る、でも確かな期待を含んだ疑問を投げかける。
光は少し俯きがちに首を振った。
「本来なら……と言うか、親との約束だと今日から一緒に暮らせる予定だったんだけど……私が個人的に向こう、アメリカでやり残したことがあるから、少なくともあと一年は……」
「……そう、なんだ」
一年。
てっきり今日からまた十年前みたいに一緒に過ごせると思っていたから、期待していた反動の分、胸にズキリと締め付けられるような痛みを覚える。
あからさまに沈んでしまう私に、光ちゃんはフフっと笑った。
「そんな惜しむような顔してくれるなら、はるばる海渡って来た甲斐あったかも。マネージャーに無理言って日本での仕事を取り付け……あ。じゃなくて、とにかく色々頑張ったから」
「ま……マネ……?」
何か今、一瞬気になる単語を聞いた気がするけど、私の思案顔をスルーして光ちゃんは言葉を続ける。
「向こうにやり残したこと、億劫ってわけじゃないんだけど、菜由とのいちゃいちゃ甘々同棲生活と比べちゃうとやっぱりちょっとやる気が出なくて。だけど……うん」
「……どういう…?」
「ううん。何でもない……菜由」
「な、なに?」
「AriNaのこと、好き?」
「う、うん!大好き!!解散が決まっちゃって正直死ぬほど辛いけど、最後までいっぱい推して推しまくって、悔いの残らないように目一杯応援するんだ……!」
「だよね。うん、なんかスッキリした」
なんかさっきから話が見えないけど、そう言う光ちゃんは肩の荷が下りたような晴れやかな表情をしていた。頭には「?」が浮かぶばかりだけど、役に立てたようなら嬉しい。
菜由の困惑には触れず、光はそういえばと立ち上がった。
「ご飯、食べるの忘れてた!」
「あ」
お昼ご飯はすっかり冷めてしまっていたので、温め直してちゃんと全部二人で食べた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます