第4話 私と菜由は今日から
「ほんと~に、ごめんっ!!いきなり人の肩で泣き出したりして、あぁもぉ、思い出しただけでも申し訳ないし恥ずかしいっ!!」
食器に盛り付けた炒め物をテーブルに運んでから、何度目とも知れない謝罪の言葉を吐きながら菜由は自分の頭をポコポコ叩いた。
「ううん、大好きなものがなくなっちゃうってなったら悲しくなるのは分かるし、取り乱しても、しょうがないと思う。って言うか、菜由の泣き顔めっちゃ可愛くてそそったし、寧ろ役得?」
コップを運びながらそう平然と言ってのける光に、菜由は頬を染める。
「かっ、可愛くなんてないしっ、私の泣き顔なんて不細工だよ!」
「んーん。この世で一番可愛かったよ。菜由」
バクバクとやかましい心臓を鎮めようと冷水をがぶ飲みしつつ、照れているのを誤魔化すようにちゃっちゃとお箸やら小皿を運び、勢いよくテーブルの席に着いた。
「そ、それより早く食べよっ!!もうすっかりお昼になっちゃったし、お腹空いたでしょ!?」
「うん。もうお腹ぺこぺこ。んふふー、でも嬉しい。まさか菜由の手料理を食べられるなんて思ってなかったから」
菜由の正面に座った光は「いただきます」と手を合わせ、炒め物を口へと運んだ。数度咀嚼したあと、口角を上げて「んー!」と満面の笑みで歓喜の声を上げた。
「美味しー!!」
「ほ、ほんと?」
「うん!菜由補正抜きにしてもめっちゃくっちゃ美味しいし、すごい私好みの味かも!んへ~!菜由が料理できなかった時のために花嫁修業で料理にいっぱい時間費やしたけど、こんなに美味しかったらこの菜由の愛がいっぱいこもったらぶらぶ手料理を毎日……いや、それは流石に望み過ぎか……?交代制が丸いか……?」
「むへへ。そんなに喜んでもらえたらこっちもすっごく嬉しいなぁ………って、ん?花嫁修業?毎日?……って、何の話?」
「あ、やっぱり菜由に話通ってなかったんだ。私と菜由の婚約の件」
……んん?
さっぱり話が見えずに困惑している私に、光ちゃんは「えっと、どこから話せばいいかな……」と顎に手を添えながら何やら考え始める。
そういえば、大好きな光ちゃんにハグされたりほっぺちゅーされたりと、驚くべきことの連続で、そもそもなんでいきなり光ちゃんがアメリカから帰って来て直行で私の家に来ているのか、って言うかなんで私が住んでる賃貸マンションの住所と部屋番知ってるのかとか、よく考えなくても不自然なことに全く気が回っていなかった。
考えれば考える程、今日私の身に起こっていること全部訳が分からない。
菜由が遅すぎる疑問を浮かべている間に光は思考がまとまったのか手を腿に下ろし、水を飲みほしてから口を開いた。
「菜由はさ、菜由の両親からどこまで話聞いてる?」
「うぇ……?た、多分なんにも……」
もしかしたら何か重大なことを忘れているのかもと記憶を遡ってみても、両親から記憶に留めておくような改まった話を聞いた覚えがない。
菜由の言葉に、光はどこか呆れたような苦笑いを浮かべた。
「……最初に顔を見合わせた時『まさかな……』とは思ったけど、やっぱり何も聞かされてなかったんだね」
「え、えっと……?」
「えーとね、まず、私と菜由は今日から婚約関係なの。私と、私の両親、そして菜由の両親公認のね」
「え」
菜由の顔はピシリと固まり、思い切り酸素を取り込んで、叫んだ。
「えええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
そこから光ちゃんが語り始めた話は何をどう聞いても非現実的で、なのに語る彼女の表情はあくまで真剣そのものだったから、信じざるを得ないものだった。
十年前――つまり、私たちが小学二、三年生くらいの頃ね。
当時から私は菜由のことが恋愛的に好きだったんだけど、まあ、その時は私もオドオドした子供だったし、今から遠くに離れるって時に自分の気持ち伝える度胸もなかった。結局そのまま告白のひとつも出来ないままアメリカに飛び立っちゃったんだけど……。
向こうに着いて一週間くらいかな?
やっぱりどうしても菜由のことが忘れられないってなって、両親に土下座したの。
『菜由が好きです!どうしても結婚がしたいんです!!』ってね。
そしたらお父さんには困惑顔で適当に流されたんだけど、お母さんが味方になってくれて。
とりあえず菜由の両親と話すだけ話してみましょうよってことになって話をしてみたの。そしたらどうも菜由の両親はめっちゃ私のことを気に入ってくれてたみたいで、割と好意的に聞き入れてくれたんだけど。
ただ、その時の私はまだ八歳とかだったし、お父さんの仕事もあってUターンで日本に帰るって訳にもいかなかったから、とりあえず様子を見ようって親たちは結論付けたの。
でも私はどうしても菜由と結婚したかったし、結婚していいのか、駄目なのか、ちゃんとした答えが聞きたかった。しつこく問いただして、もーお父さんとめっちゃくちゃに口論しまくってさ。
でね、そのことを菜由の両親にも伝えて、お母さんともいっぱい話し合って、そしたら。
『じゃあ十年後、まだ私が菜由のことが好きだったら結婚してもいいよ』ってことになったの。
今にして思えば、子供の言い分をやんわりとなかったことにするための無理難題だったのかもしれないけど、私ははっきりちゃんとした答えがもらえただけで十分だった。
そこから十年間。
私は将来菜由と暮らすための生活資金とか、家事や生活で困らないように花嫁修業をいっぱいいっぱい頑張ったの。
「で!今日がその日から十年後の日で、本日から私と菜由は婚約関係に当たるんです!」
話は分かった。いや、完全に飲み込めたかと言えばそうではないんだけど、とりあえず、理解はした。
でも、どうしてもひとつ気になる点がある。
「ちょ、ちょっと待って。その話が全部本当だとして、なんで当事者の私にひとつも話が来てないの……?」
「えっと、わかんない。私は十年間、菜由の声聞いたら何をしてでも会いたくなっちゃうと思って話さないようにしてたし。私はてっきり菜由の両親が菜由と話をつけてるんだって思ってたんだけど」
「……なるほど」
……
菜由の両親は昔から結構そういう――重要なことを意図的に隠したりして私の反応を面白がる――所があった。
「でもよかったぁ」
「……な、なにが?」
光のホッとしたような声に、菜由は親への苛立ちに握っていた拳を緩めた。
「私は菜由のことが大好きで、菜由と結婚できる!って思ってずっと楽しみにしてたんだけど、菜由から直接返事を聞いたわけじゃなかったし、実際どうなんだろうってずっと不安で……今日最初に顔を合わせた時、全然話が通ってなくて、婚約の話、なかったことになっちゃったらどうしよう!!って一瞬、すっごい不安になったんだけど……」
光はフッと笑って椅子から立ち上がる。足取り軽く近寄り、菜由の頬に手を添えた。
「両想いだったって、すぐにわかったから」
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