第2話 好きな人を家に上げてない?
「ひ、ひ、ひっ、光ちゃんっ!?」
「んふふ~、絶対気付いてないと思った。だって扉開けてくれた時、『知らない子来た』って顔してたから」
「そ、それはだって!光ちゃんがいきなり私の家に来るなんて想像すらしてなかったし、連絡とかも何も……え、って言うか、ちょ、ちょっと待って……!ほ、ホントに光ちゃん……なの?」
言われてみればどことなく面影はあるような……けど、茶髪でおっぱいでかいし、自信溢れるような立ち振る舞いと、愛くるしい可愛らしさの奥にある色っぽさは、私の知っている光ちゃん像から大きくかけ離れていた。
光ちゃんは妖艶に口角を上げて、私の唇に人差し指を当ててくる。
「光ちゃんじゃなかったら……どうする?」
「ぁぅ……」
ほんの近くまで迫った綺麗で可愛い顔と、唇に添えられた柔らかい指の感触に顔が熱くなって、心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。そしてこの症状は、彼女が『星上光』だと名乗る前にハグされた時から起きていた。
この十年、どんなにイケメンな男子と話してても、どんなに可愛くて美人な女子にボディタッチされてもここまでドキドキしなかったのに。
それは単に目の前の女の子が私の好みだからなのか、それとも本能的に私の体が彼女を光ちゃんだと認識していたからなのか。いや、どっちであったとしても、私は今、彼女にどうしようもなく惹かれてしまっている。
「……好き……です……」
「……っ………!!」
潤んだ瞳で、熱っぽい視線で想定外の返答を受けた光はあまりの衝撃に思わず言葉を失った。
光の反応に菜由は少しの間何が起こったのか理解できないでいたが、やがて自分がとんでもない言葉を口走ってしまったことに気付き、慌てふためく。
「あぁ!待っ、違っ……えっと!!今のはつい口から出ちゃったと言いますかっ、限りなく本心に近いけど何と言うか軽はずみなものと言いますかっ!!深い意味はないと言うかですね!?」
「……菜由が……煽ったのが悪いんだからね」
「へっ……!?」
力強く肩を掴まれ、元から近かった顔が更に近付けられ、光の少し荒い吐息がかかる距離まで迫る。
瑞々しそうな桜色の唇が、既に自分のと触れ合うほんの手前まで近付けられていた。ちょっとでも顔を寄せれば重なりそうな所で、光は余裕なさげな表情のままフッと瞳を閉じ、それに呼応するかのように菜由も火照った表情で瞼を下ろして―――
ギイイイィィィ……
「「!?!?」」
いきなり隣から聞こえて来た扉の開閉音に、二人は弾かれたように飛び離れる。
家から出て来た隣人のOLは片や気不味そうな、片や恨めしそうな二人の表情に「あっ……」と何かを察したように声を漏らす。申し訳なさそうに軽く頭を下げ、鍵をかけ駆け足で去っていった。
「もぉ……せっかくいい雰囲気だったのに……」
光は頬を膨らませながら小さくぼやく。
「ひ、光ちゃんっ」
「ん?」
菜由は真っ赤な顔で、しかししっかりと光の瞳を捉えながら口を開いた。
「も、もし時間あったら……うちに上がって話さない……?」
「飲み物、麦茶で良かった?」
「うん。麦茶だいすき」
「よかった」
光はリビングのソファに腰を沈めて、菜由の淹れた麦茶を一口。
「あ~、長時間移動した後だったから喉が潤う~」
「長時間って……光ちゃん、どこから来たの?」
「ん?アメリカからだよ?早朝に空港到着して、そのままタクシー乗って来たんだー」
「あ、アメリカ……。そ、それは何と言うか、お疲れさま」
「ありがと」
そういえば十年前、光ちゃんが海外へ行ってしまったと聞かされたのは覚えているけど、どこに行ったかまでは記憶になかった。
アメリカ……外国へ旅行に行ったことすらない私にとって、なんと縁の遠い言葉だろう。ただでさえ自分とは次元の違う存在に見える光ちゃんが、更に遠い存在に思えてきた……。
なんて考えながら無遠慮に光ちゃんを眺めていたら、私の視線に気付いたのか「ん?」と小首を傾げて微笑みを返される。
その仕草だけで私の胸はドキリと大きく脈を打つ。
「ご、ごめん光ちゃん!ちょ、ちょっとトイレっ」
「え?う、うん。行ってらっしゃい?」
菜由は早歩きでトイレに駆け込み、閉めたドアに背中をつけながら頭を抱える。
……え。私……もしかして今、好きな人を家に上げてない?しかも十年前から好きだった初恋の!!
って言うかさっき、え?私の記憶が確かなら、ほ、ほっぺと首筋にちゅー……されなかった……?
ま、待って!?その前に、わ、私、『好き』とか何とか口走っちゃわなかった……!?
それよりっ、そのあと唇にキスされそうになってなかった!?!?!?
って、全部ヤバくない!?なにこれ夢!?!?
AriNa解散って聞いてショックのあまり気絶して夢見てるんじゃないの!?!?
などなど、さっきの短時間で起きた非現実的な数々に五分ほど全力で悶えてから、いくらか落ち着いた菜由はトイレを出てリビングに戻った。
「あ、おかえりなさい、菜由」
「た、ただいま……あ、それ、AriNaのアルバム」
光ちゃんは、リビングのテレビ付近に飾っていた私一押しのAriNa 3rdアルバム『花嫁修行』(観賞用)を見ていたようだった。
「はっ!」
ここで私はあることに気付く。
そういえばAriNaのメンバーたちが主な活動拠点としているのがアメリカだと、公式情報で見た覚えがある。AriNaはリアルイベントを一度もおこなったことがなくて、MVでも基本的に顔が隠されており素性も公表されていない。
だからこそ、そういうちょっとした情報に私たちはこぞって群がり、ありがた~い公式情報を大事に大事に記憶に留めているのである。
って、そうじゃなくてっ!
「光ちゃんアメリカ住んでたってことはっ、AriNa知ってるよね!?」
「え……そ、そりゃ知ってるけど……」
私の圧に若干、いや大分引かれているけどそんなの今は気にならない。
幼馴染みの、それも好きな人が私の大好きなAriNaを知ってるだなんてっ……!!
「光ちゃん!!今からAriNaの魅力について小七時間ほど語り合わない!?」
「いや、あの、えっと」
あからさまに困惑した顔をしている光ちゃんに、私は我に返る。
「あ……ご、ごめんっ!!もしかしてそんなにファンじゃなくて、ちょっと聞いたことあるなー程度だった!?ごめん私っ、アメリカに住んでる人間全員AriNaファンだって勝手に思い込んでた!!いきなり早口になってキモかったよね!ほんとごめんっ!!」
誠心誠意頭を下げる菜由に、光はフッと笑みを溢した。
「ううん。私も好きだよ、AriNa。七時間はちょっと長いけど、聞かせて?AriNaの魅力について」
光の言葉に、菜由は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「うんっ!!」
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