七夕の日に十年前に海外へ行ってしまった初恋の女の子が会いに来た話

甘照

第1話 お久しぶりの来訪者

「どうか初恋の女の子と再会できますように……ハァ……」


 なんて叶う当てのないお願いを虚空に呟き、ベッドに仰向けで寝転びながらスマホの画面をスワイプする七月七日午前九時。


 小学一~三年生の頃に仲の良かった星上ほしがみひかりに初恋をしてしまった私、笠織かさおり菜由なゆは、海外へ行ってしまってもう連絡すら取れていないその子を未だに忘れられないでいる。


 初恋を拗らせて早十年。


 もう大学一年生になって一人暮らしを始めるくらい成長したと言うのに、光ちゃんへの想いは一向に消えてくれず、未だ恋愛経験は皆無。


「……ぇ」


 今日も今日とて大好きなバンド『AriNa』の曲を垂れ流しながらネットで最新情報を漁っていたら、受け入れがたい単語がトレンドに上がっていた。


 『AriNa解散』


「………う……そ……」


 震える指でトレンドをタップし、『最新』に上がっている呟きを上から下へと流し見していくと、AriNaのファンと思われるアカウントたちがこぞって解散を嘆いていた。


 まるで、AriNaの解散が決定事項だとでも言うように。


「嘘……嘘嘘嘘うそっ!!嘘だよこんなの!!そっ、ソースは!?」


 『AriNa公式アカウント』をタップし、公式HPを確認しに行く。


 NEWS一覧の最上部を目にした菜由は大きく目を見開き、力の抜けた手から落ちたスマホが顔面に不時着するが、痛みなんか気にならない程のショックに天を仰いだ。


「AriNaが……解散……」


 AriNaは菜由にとっての生き甲斐だった。


 AriNaのCDやグッズなどなどを手に入れるためにバイトで稼ぎ、暇があればAriNaの楽曲を聞いて、AriNaの魅力について同じAriNaオタクのネッ友たちと語り合う日々。


 大学にもバイト先にも友達は一人もいないし、初恋が忘れられず恋人もいないけど、AriNaのおかげで私は楽しかった。

 私は文字通り、AriNaに生かされていた。


 そのAriNaが解散したら、一体私は何を糧にこれから生きていけばいいんだ……。


 顔面に落ちたままのスマホを拾い上げ、公式が発表している文章をもう一度ちゃんと目を通す。


「……解散は来年の七夕……まだ一年は猶予があるのか。よかったぁ……いや、全然良くはないけど、解散するまで悔いの残らないように全力で推そう……でも、今日はもう疲れた……寝ようかな……」


 スマホを床に放り出し、夢の世界に現実逃避しようと目を瞑ると。


 ピンポーン


「………」


 なんだよ、人がぶっ壊れたメンタルを少しでも回復させようとしてる所に。


 どうせよく分からない宗教勧誘か商品紹介だろうと思い、居留守を決め込もうと再び目を瞑る。


 ピンポーンピンポピンポーン


「………」


 こういうのは我慢比べだ。


 ここで痺れを切らして扉を開けたら向こうの思うつぼ。大体こういうのは二フェーズくらい凌げば諦めて帰――


 ピンポーンピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン


「だああぁぁぁぁぁーーー!!もうっ!!開ければいいんでしょ開ければっ!!」


 ベッドから飛び降りた菜由は、不機嫌そうにドタドタ足音を鳴らしながら玄関へと向かう。


 胡散臭い業者だったらさりげなく文句を混ぜようと心に決め込んで勢いよく扉を開くと、そこには今まで見たこともないくらい可愛らしい、恐らく高校生くらいで茶髪の女の子が立っていた。


 女の子は私を見るなり花開いたような笑顔を浮かべ、真っ直ぐこちらへ飛び込んで来た。


「菜由~~~!!会いたかったよおおおぉぉぉ!!」


「わぷっ!?」


 フローラルないい香りと心地よい肌の柔らかさに包まれる。


 ちょ、ちょっと待って!?わ、私いま、もしかしてハグされてる!?

 超絶可愛い女の子にハグされてる!?なんで!?


「菜由の匂いだ~……久しぶりだけど落ち着く~……」


「ちょ、ちょっ……んっ」


 首筋に鼻を擦りつけてスンスンと匂いを嗅がれると、恥ずかしさとこそばゆさに変な声が漏れてしまう。


 って言うか今この子、「久しぶり」って言った!?「菜由」って私の名前呼んだ!?

 で、でも私、知り合いにこんな可愛い女の子いないし、そもそも家まで来る知り合い自体少ないのに……。


「んふふ~。な~ゆっ」


「は、はひっ」


 少し顔を離し、真正面から見据えられて甘い声で名前を呼ばれると、緊張のあまり体が固まって顔が茹だったように熱くなってくる。


 女の子は私の両肩に手を置いて「じ~~~」っと、逸らすことなく目を合わせてくる。逸らしたくても、吸い込まれるような瞳から目を離すことが出来ない。


 やがて満足したのかフッと息を吐いて微笑んだ。


「可愛いね、菜由」


「ふぇっ!?」


「ん~……」


 目を細めて再び顔を近付けて来たかと思えば、「ちゅっ」と、瑞々しいリップ音と僅かに湿った柔らかさが頬っぺたに触れた。


 そのまま啄ばむようにもう片方の頬、首筋と何度もキスを落とされ、やがてすっかり蕩け切った菜由の顔を見詰め、目尻に涙を滲ませながら、愛おし気に笑った。


「私は星上光。十年ぶりだね……菜由」

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