第4話 可能性

 肉の包み方について、ミフネフォールドが不器用で役に立たなかったらしい。


「いや、多い。ミフネフォールド殿。そんなに入れては皮が破れる」

「いや、ミフネフォールド殿。それは少なすぎる。皮だけしかない」

「どうしてそうも不器用なのか。そんなことでよく、軍をまとめられるな」

「まてまて。そんな包み方があるか。もっときれいにできぬのか」

「……おい、ミフネフォールド。悪いがもう一人でやらせてくれないか」


 と、かなり喧々諤々のやり取りをしている様子が、レイの手記に残っている。ほぼ一方的にファイアストン卿がミフネフォールドを𠮟りつけている様子だ。


 アルディラ近代化の大柱とも言われたファイアストン卿と、ランドンの名将ミフネフォールドの不思議な関係を物語る話でもある。この二人は数年後に再会して、軍事共闘をするのだから、歴史とは面白いモノである。


 その間、シドは風呂の準備に忙しい。

 ランドン兵に体を温めてもらうため、急ぎ露天風呂を用意している。

 現在でも銀嶺山荘跡地には屋外に風呂の跡がある。現在ではそれほど珍しくない「風呂文化」だが、当時は非常に貴重なものであったと伝わっている。


 当日の雪の深さを考慮すると、この風呂を沸かすには、相当の無理をしたに違いない。


 麓の村から、シドの山荘までは約二時間。雪を考慮して倍の時間がかかったとして、ランドン兵が到達した時刻には、既に夜になっていた。


 屈強なランドン兵であったが、さすがに初めての雪中行軍はキツかったらしく、皆、今日はここで一泊できると知って、中には泣き出す兵もいたという。


 それほどランドン兵にとっては無茶な行軍だったらしい。

 ランドン兵の軍中日誌によると、雪でできたカマクラに皆驚き、その発案者であるシドの底知れない智謀に驚嘆したとある。それは風や雪を防ぐだけでなく、少し暖かく感じられ、火を焚く場所もあり、溶けてしまわないか心配しながら火を焚いたという。


 床には牧草や柴、そして布が敷かれ、地面から感じるような冷気については断熱ができていたという。また寝床としては、簡単なベンチが四つ並べることができ、凍死の心配もなく、むしろ快適な場所だったという。


 宿泊施設の振り分けを、ミフネフォールドと配下のマリが行っている。この時、どのカマクラにも弓兵を一人入れたことが、後で幸いする。


 一方、厨房の指揮を、この時点でファイアストン卿とレイが行っていた。ミフネフォールドは役に立たなかったらしい。


 この現役のアルディラ軍務尚書と、未来のアルディラ軍務尚書が五十人分の「ギョウザ」なる食事を用意している姿を想像するだけで、少し、可笑しみを感じるが、ファイアストン卿は真剣にその業務をこなし、またレイはそれを手伝った。


 後世に伝わるファイアストン卿の性格は完璧主義と言っていい。


 それはここでも発揮された。ミフネフォールドがいい加減に包んだギョウザもほどいて、作り直す程だったらしい。


 一方でそれを焼くレイの焼き方や献身的な補助については「絶妙なる芸術」とファイアストン卿は高く評価している。


 後に軍務尚書の役割を、この年の離れたレイに譲ったのは、この時の活躍を覚えていたからかもしれない。それほど手際が良かった。


 なんにせよ、それを五十人前。自分たちの分も入れれば五十五人前を、ファイアストン卿がほぼ一人で準備したことは、賞賛に値するかもしれない。


 兵士の記録によると、「ひき肉の包み焼、一人十五個」とあり、合計で八百ほどのギョウザを数時間、一人で包んだことになる。


 それがどれくらい大変なことか、残念ながらレシピが現存していないため、似たような「オウショウ」で換算したが、ランドンの老舗オウショウ専門店では軒並み「不可能」「二時間は無理ではないか」「初めての人がやる仕事ではない」「オウショウではない可能性がある」という答えがある。


 このため、オウショウとギョウザは全く違うものだとする説も捨てきれない。


 いずれにしろ、ファイアストン卿はこの作業のために、兵らの食事が済む頃には全く腕が上がらなくなり、襲撃の際には全く役に立たなかったと推察される。


 が、既に高齢である彼が、ここまで力を入れたということは、やはりランドン兵との融和を図りたい思いがあったはずだ。巷間に語られる「油断させるため」とは思えない。


 ひとつ残念なことに、兵士の日報に、ファイアストン卿の作ったギョウザの味については、全く記述はない。口に合わなかったのか、夢中で食べて味を確かめなかったのか。きっと満足していたのだと信じたい。


 代わりに日報に登場するのは、酒の話である。

 今では一般的だが、この日、兵士らに振る舞われたのは、温められたワインだった。


 最初は「なんともったいの無いことをするのだ」と憤慨した酒通のランドン兵もいたようだが、干した果実と共に温められたワインは、兵らの驚きを持って迎えられた。


 あまりの美味しさに、お代わりを希望する者もいた。


 だが、希望する人数が一家庭の所持する量を超えていたため、泥酔するほどの量は存在しなかった。

 これのお蔭で、深夜の襲撃にもすぐに対応できたわけなので、何が幸いするか分からない。


 その後、兵らは順々に人生で初となる風呂に入り、シドとファイアストン卿に感謝し、それぞれのカマクラで睡眠をとっている。


 とりわけ風呂は衝撃だったらしい。

 この贅沢を、故郷の母親にもさせたいと日誌に残す兵もいた。このまま無事にランドンに帰ることができれば、この夜の出来事は成功した外交として伝わったことだろう。


 しかし実際にはそうでなく、戦闘記録として伝わることになった。


 ──深夜。


 事情を知らぬアルディラの近衛兵百人と国境警備隊五十人が、この山荘を包囲する。


 そもそも、何故、この百五十人のアルディラ兵は、麓で軍務尚書からの指示を待てなかったか、その理由が明らかにされていない。


 少なくとも指示があるまで動くはずのない近衛兵部隊が山に入った理由は、三つの説がある。


 一つめは、王宮からの別指示が行ったという説。

 二つめは、麓の村から謎の集団五十人が山に向かったのを見て、それを追ったという説。

 三つめは、同じ任務と思った国境警備隊に近衛兵もついていったとする説だ。

 これが明らかにならない理由は、近衛兵の中で事情を知る高位の兵が、悉くこの戦いで戦死してしまったことと、このあわや国難となりそうな事件について、王宮関係者らが口をつぐんだからだ。


 後の宮廷書庫からも、この日に関する文書は発見されていない。


 このことから、一つ目の「王宮からの別指示」が最も有力視されている。この日の全ての文書を焼失させることで、証拠の隠滅を図った。……という証拠を残したのだろうと。


 生き残った近衛兵の一人が、麓の山荘で隊長の元に王宮より伝令が来た様子だと後の尋問で伝えているが、その伝令を見たものが残念ながら生き残っていない上に、他の隊員で同様の証言をする者がいない。

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