第5話 適応性
始まりは火矢であったという。
異変に気付いたのは、宮廷魔術師の連れてきた犬であり、部屋の中で遠吠えを始め、エルフの魔術師に窘められている。
その次に、異常に気付いたのは、ミフネフォールドの従者マリである。
元諜報員であるマリが、これに気付くのが遅れたのは、既にランドン兵五十名がいたせいだと言われている。本当なら気付いていた筈の敵の足音に、ランドン兵の足音が混じって分からなくなっていた。しかも外は雪である。アルディラ兵が近づいたことに気付けなかった。
但し、火矢を撃ったのは、アルディラ兵からすれば軽率。シドらにとっては幸運だった。
もしも音もなく直接山荘の中に入られたら、一方的にやられていた可能性がある。
これは二手に分かれたアルディラ兵のうち、川を挟んだ対岸に到着した兵らのほうが早く着き、山道を上がってきた兵らと連絡がつかなかったことから、やむなく火矢による襲撃を開始したようである。
「敵襲!」
その言葉に、山荘の住人、そしてカマクラの中で眠っていたランドン兵が反応した。
「どこの兵だ」
「わかりませんが、既に山荘は包囲されている様子です」
川の対岸から、無数の火矢が飛ばされた。
ランドン兵も自慢の弓矢で応戦するが、数で圧倒されている。
「カマクラの中に入れ!」
山荘側のこの指示を多くの近衛兵たちが聞いている。アルディラ兵には、カマクラという言葉が分からなかった。
「雪の壁に穴をあけろ。弓で応戦だ!」
ランドン兵は山道沿い並んだカマクラを即席の城壁として使い、穴を開け、弓狭間を作って防御を行っている。
そこで初めて、アルディラ兵は、道沿いに雪で作られた城壁が存在していることに気付いた。
火矢の明かりを頼りに矢を放つアルディラ兵だが、雪でできたカマクラを燃やせる方法はない。まさか、その中から弓を撃てるようになるとは思っていない。
矢では傷つけられないと、何度か川を渡っての接近戦を試みている。
国境警備隊らは相手を「国境を騒がせる賊」だと信じている。矢にランドンのマークがあった時に、驚愕して「敵はランドン兵!」と近衛兵らに伝えた。
近衛兵もこの報に驚愕している。国境を越えてきたにしても、方向が違う。
アルディラの東に位置するランドンがアルディラの北にある銀嶺山に集結していたとは想定外に違いない。恐らくは最も国境の近いシルバーラントではないかと考えていた様子だ。
これについては、国交を確立する前に、無断で兵を入れたランドン側の外交ミスとされている。お忍びであったとはいえ、その国に五十もの兵を集めることが異例だ。
アルディラ兵には、この山中に集結するランドン兵は排除の対象にしか見えなかったことだろう。大義が自分たちにあったことを信じていたし、ここで排除しなければ国家の治安を保てないと考えた。
また、ランドン兵はミフネフォールドが指揮している。一斉射撃の掛け声など、ランドンの軍用語で行われたに違いない。
そのこともあり、川岸から矢を射かけたアルディラ兵らは、自分たちはランドンの秘密軍事基地と戦っていると信じた。
その頃シドは、山荘に入る道のひとつ、麓の村から来る道を警戒している。
記録によると、襲撃を仕掛けた川向うのアルディラ兵は近衛兵八十。国境警備隊二十。
五十名のランドン兵に奇襲をかけるには十分な人数でありながら、別動隊を予見しているのは、さすがに「傭兵王」の勘の鋭さに感じる。
予見の通り、別動隊がいた。
山道を上がって参戦する兵は、近衛兵二十の国境警備隊三十で構成されている。
意外なことに、これらのアルディラ兵の中に、シドの顔を知るものは一人もいなかった。
多くを占める近衛兵については偶然でもある。
その成り立ちが、内戦時の傷病兵の内、原隊が全滅や再編成で帰る場所が無くなった兵で、かつ身元が分かっており腕の良いもので構成されている。
たとえ「傭兵王」と呼ばれていたとしても、内戦中盤から参加し、主に義勇兵を指揮し、最前線に投入され続けたシドのことを知らないのは無理もない話だ。
その後、シドは国軍部隊の育成にも尽力しているが、最後まで王宮付の近衛兵と交わる機会はなかった。
国境警備隊に至っては、そもそも内戦後に招集された人材であり、多くが王軍側に協力した貴族の私兵出身者である。同じ傭兵ではあるが、シドと一緒に戦った者はいない。
両者ともよく顔を知る当時の軍務尚書ファイアストン卿は、小屋から出るのが遅れ、乱戦状態となった。
不幸が重なった。
これが意図的なものかどうかはわからない。
国境警備隊を派遣したモッティには後日の弁明の機会が与えられていない。
軍務尚書を暗殺するつもりだったのかはわかっていない。
襲撃側の記録によると、炎を纏った剣を使う、やたら慎重な男が、いやらしく一方の山道を守り続けたため、効果的な挟撃ができなかったとされている。
シドのことだろう。
更に山荘の屋根からも矢が飛び、ところどころで雪ゴーレムが道を塞いでいた。
奇襲を受けたのがどちらなのか、すぐに分からない状態になったことだろう。
この急な危機に対する異常なまでの適応力により、後の歴史家が「モッティは、シドに踊らされた」とする論文を出すほどだった。
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