第3話 類似性
「五十人……。この時間から? この雪山にですか? ……無茶なことを」
襲撃の日の午後には、シドらの山荘に、ランドン兵が向かっている報告が入っている。詳しいことが書かれていないが、何らかの方法で連絡が入ったのであろう。
少なくともランドン兵側からこの山荘に連絡を取る方法があった。鷹や隼を使った伝統的な連絡方法だと思われるが、そこは軍事機密でもあり確かではない。
シドが特に頭を悩ましたのは、ランドン兵五十名の宿泊である。
「いや、シド様。お気遣いなく。迎えが来たら我らはすぐに帰ります。なんなら、今すぐにでも発ちましょう」
「そういう訳には参りません。冬山を舐めてはいけません。本日中に帰ることは諦めてください。それより、ランドン兵らが無事にここにたどり着けるかどうか……。それに、私は、『おもてなし』の精神を学んでいますしね」
後年、この国では当たり前になる外交プロトコルである『オモテナシ』はシドが始めたことであると言われている。
オモテナシが記述されていたのは、後に軍務尚書となるレイ・スターシーカーの日記だ。シドが創始者かどうかは不明だが、彼にはそのような精神性があったことは確かであり、それ以前の史料にはこの言葉は出てきていない。
「ああ、そうだ。急ぎ、周辺の山道だけでも除雪して、その雪を使って道沿いに宿泊施設を作りましょう」
「そんなことができますか?」
「可能です。豪雪地帯には『かまくら』という構造の建築物があります」
現代でも兵士が野営するために、その場の材料で簡単な宿営地を作ることを『カマクラ』と呼ぶが、シドが伝えたものである。この時は雪でそれを作った。
作り方をエルフの魔術師に伝え、雪ゴーレムに命じ、五十人分のカマクラを作らせている。
一方で、軍務尚書ファイアストン卿に協力してもらい、五十人分の食料を作ろうとしている。ファイアストン卿の手記に『ギョウザ』と言う謎の食事の名とレシピとも言えない作り方が残されている。これがその食料のことではないかと思われる。
そこには「練った小麦の皮で、葉物野菜を和えたひき肉を包み鉄板にて焼く」と書かれてある。
そして「包み方、その加減は決して容易なものではない」と記されている。
この書きぶりから、ファイアストン卿もこの食事に詳しかったわけではなさそうだ。当時のアルディラにもない料理なので、恐らくは料理に精通していたシドの創作料理と思われる。
ファイアストン卿もそのレシピにしたがって調理しているのであろう。
軍務尚書にさせるというのは、現在の価値観からしても、当時の価値観からしても不思議であるが、シドの合理的な性格であれば、あり得る話である。
彼による格言「立っている者は親でも使え」の精神はここでも発揮される。
さすがに申し訳ないと思ったのか、ミフネフォールドもこの作業を手伝ったようだ。
現在、ギョウザなる食べ物はその詳細なレシピも残っていないが、ランドンの伝統料理である「オウショウ」と呼ばれる小麦粉の皮でひき肉を包み、茹でた物が、それに一番近いと思われる。
但し、この「オウショウ」とは、シドがその日にミフネフォールドらに伝えた模擬戦術試戯の「ショーギ」の最も重要な駒の名前と同じであり、もしもこの二つが同じ、若しくは近しい料理であれば、ミフネフォールドが書き損じたメモが原因だろうと考えられる。
ファイアストン卿以外の人物が残したメモにもこの料理の名前が残っておらず、結局のところ、ギョウザは現在でも謎の料理とされている。
ランドンのオウショウとほぼ同じものと思っていただきたい。
この時点まで、ファイアストン卿は、自国兵が山荘を襲撃する可能性については全く考えていない様子だ。料理に夢中である。
銀嶺山荘襲撃事件でよく語られるファイアストン卿黒幕説は眉唾に思える。
手記には代わりに、五十人前のギョウザを作る苦労について、ここには書けないような言葉で愚痴を書いてある。卿の名誉のためにここでは敢えて伏せるが、現代の倫理観ではとても伝えられるものではなく、出版には耐えない言葉の羅列である。
当時の軍務尚書が、愚痴を書き残す点だけでも、ファイアストン卿の不思議な人間的側面を伝えるものであるが、事件の本筋ではない。
これほどまでに出迎えることに集中した人物が、一方で襲撃の黒幕であったとは、やはりどうしても考えにくい。
この時、ミフネフォールドとファイアストン卿で、諍いが起こる。
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