第2話 信憑性
ランドンの騎士団長とその従者二名が、前日より降り積もる雪で、山荘に足止めされたのは多くの史料からも事実だろう。
一説によるとシドより、ランドンにおける軍事戦略の教練を受けていたと語られるが、関係者の手記にそのような記述はなく、表向きは、ただの物見遊山、庭見物と書かれてある。
当時の軍務尚書ファイアストン卿の回想録からも同様の記述があるため、歴史学者らは信憑性が高いと言うが、この二人の書き残したことを一概に信じない者も多い。
どちらも国の軍務に携わるものであり、この「庭」というのが「国土」を意味する隠喩ではないかと推測する学者もいる。
本当のところは現在も分からない。
少なくとも東国ランドンは温暖な気候であり、雪山の知識は乏しいことは確かだ。
特に他国の冬の情報は乏しく、出発時にこれほどまでの豪雪になるとは予想していなかった可能性もある。この雪の件だけで、その背後にある事情まで透かす材料とするのは、幾分、無理がある。
ただ、それまで全く交流の無かったアルディラの傭兵王シド・スワロウテイルと、ランドン騎士団長のミフネフォールドが、この日に出会ったのは確かだ。
それはその場に立ち会った、二人の軍務尚書、それぞれの回想録でも明らかだ。
シドがこの二人に「未来の戦争」と名付けた予想をしたのは事実と考えて良いだろう。
一方、巷間語られる「大陸統一文化構想」を語ったという説は、果たしてそこまでの構想だったか、疑問に感じる。
手記に書かれていないだけでなく、最も身近だったとされる、レイの回想録にも記述はなく、やはり後世の悪意ある作り話ではないかと思われる。シドの思想はどちらかというと、多様性による「均衡」であり、「統一」による無思考化とは相反する。恐らくはシドの名声を利用しようとする者らによる作り話か、何かしらの曲解によるものと推測する。
また、シドの名を一躍有名にした小説『スワロウテイルがゆく』にある、シドがアルディラ兵襲撃を予測し、ランドン兵の援軍を頼って、山荘に立て籠もってこれを撃破するという話は、かなり事実と違う部分がある。
とはいえ、シドの住む銀嶺山荘で、二国が小競り合いをしたという事実は、間違いないようだ。
この事件によって消失してしまった銀嶺山荘跡に大量の錆びた鉄製の矢じりが発掘されたことからも、何者かの襲撃を受けたのは間違いないとされている。
しかも矢じりの形状から、アルディラ正規兵のものとされている。
つまり銀嶺山荘事件は、間違いなく歴史上起こった事件であり、シド・スワロウテイルを創作上の人物とする解釈や、複数人の伝承の合成体とする説も否定されるべきであろう。
この事件についての背景は、ファイアストン卿の手記が最も真実に近いように思える。
しかし、肝心の部分でファイアストン卿は回想録も残しておらず、ただ「誤解による襲撃があった」としか残していない。
ファイアストン卿の後、アルディラ共和国で軍務尚書となったレイに至っては、途中までは夢中で襲撃者と戦ったが、最後の方は覚えていないとある。気付けば朝だったと。
限りある史料の中から、この山荘にあったことを正確に再現するのは難しいが、現時点で、これから語る説が最も有効かと思われる。それを語ろう。
◇
豪雪によって帰還不能となったミフネフォールドらのために、シドは、知り合いの宮廷魔術師を呼び寄せている。
魔法によってミフネフォールドらを帰すことを提案したようだが、当時の移動魔法は、まだプロトコル方式であり、行き先に何らかのマーカーが必要になるため、ランドンにマーカーのないアルディラの魔術師には、この事態を打開できない。
それどころか、自身が山荘に来てしまったため、軍務尚書のファイアストンを王宮に戻すこともできなくなってしまった。
本当は移動召喚術で軍務尚書を宮廷に呼び寄せる役だったはずだ。
これについては、完全にこの宮廷魔術師のミスだ。やらかしてしまったのだろう。
この宮廷魔術師が後の北方エルフの女王となるリーン・スノウフレイクであるが、女王になった後もやらかしたことが何度もあるので、これは彼女の天然のものであり、他意はないと思う。
ともすれば歴史の出来事の全てに理由があったと思いがちであるが、全てに理由があるわけではないという史観に基づかせてもらう。
宮廷魔術師は、この山荘で「ゴーレム術式」を発動させた痕跡がある。
これは数年後にこの地を訪れた魔術研究者の残魔法痕調査によって明らかになっており、レイの手記に書かれてあった動く雪像「ゆきだるま」が、雪ゴーレムのことであると証明できた。
その雪ゴーレムを三体同時に動かし、山道の除雪を試みた。その力量だけでもリーンが相当の実力を持った術者であったことは想像できる。
魔法学で機構構築学を学んだものならば理解できると思うが、この術はかなりの魔力消費となる。本当に三体を同時に動かしたとなると、間違いなく当代一級の術者であったことが窺える。リーンの名は、この当時、それほど有名ではない。
この事件の十年ほど前に「水面の貴婦人事件」と言う冒険者ギルドの記録に、その名が残されている。魔力は強力だったが、冒険者としては大成しなかった。性格の問題だろう。
この日の昼には、いよいよ銀嶺山の雪が本格化し、ゴーレムによる山道の除雪を一旦諦めている。魔力も結局は自然の脅威に勝てるものではない。
一方、この日の午後に、旅人に扮したランドンの兵士五十人が、銀嶺山を目指している。
これと入れ違いに、麓の村にアルディラの近衛兵百人が到着している。
記録によると、国境警備隊がその数時間後に麓の村に入り、村はかつてない賑わいになったと、村の記録に残っている。国境警備隊はその数か月前に多くが山で遭難してしまっており、新しく徴集された五十人である。
王宮に残るもっとも古いその村の人口記録によると、二十世帯、百二十人の人口だったというから、村の人口に対して、ほぼ同数の兵が来ていることになる。
ここから先の話は、様々な説が登場しており、真偽が全く分からない。
が、当事者である、レイ、ファイアストン卿、ランドン兵の日誌やミフネフォールドの手記や回想、生き残った近衛兵の調書などは信用しても良いと思われる。
真偽が分からなくなるほどの混乱や、信じられない偶然が重なった。
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