第4話 黄昏路は別れ

 そこで初めて、私、シド様の生い立ちについて、お聞きしました。私が出会った時は、まだシド様は冒険者でした。水面の貴婦人事件以前にどのような暮らしをされていたのかも知りたくなりました。


 なんでもシド様は、第一次ハイマール地震の時に、「異世界」に飛ばされたらしいです。そこでは、見るもの聞くもの全てが知らないことばかりで、しかも技術か魔法かも分からない程に進んだ世界だったそうです。


 そこで十四歳のシド様は、その国の学校制度の中で学ばれ、そして大学まで卒業したそうです。


 信じられますか?

 異世界では、大学が山ほどあるそうです。それはさすがに、眉唾ですが、本当であれば確かに、進んだ社会かもしれません。どこから来たかも分からない人物にすら学問の機会を与えたというのであれば、本当に国民の半分が大学に進むのかもしれませんし、相当優秀な民族なのかもしれません。


 その異世界で十数年暮らした後、その国の「センダイ」という場所で、そこは牛の舌を食う民族が住むそうです。嘆かわしい文化です。そこで再び地震に会い、気付いたらハイマールの瓦礫の中にいたそうです。


 時間軸的に、第二次ハイマール地震のことではないかと。

 だとしたら……。

 私、お母様のかつての予言を覚えています。


「この世界を変えるために遣わされる男」


 遣わされるとは、どこかより、この地に呼び出されるということですよね?


 ひょっとしたら、シド様が、この世界を平定し争いの無い社会を作るために遣わされたのではないかと。


 シド様は、義勇兵から国軍指揮官になり「傭兵王」の呼び名をお持ちです。人間界の世事にはご興味ないかと思いますが、それでも傭兵王の噂は聞いたことがあるのではないでしょうか?


 もしかしたら、この方こそ、予言に出てくる、世界が待望する方なのでは?

 しかし、


「いやいや、私は、そういうの好きじゃないんだ」


 とシド様は仰います。

 権力、最強、王などというものに、興味を示されないのです。

いえ、興味を示さないどころか


「ダサい」


 と一刀両断されます。ダサイとは、異世界の言葉で、つまらないとか、かっこ悪いという意味の言葉だそうです。


「この世界の秘密とか、勇者様とか、魔王軍とか、そういうの、ほんと、どうでもいいって思っているんだ。いやマジで。かっこ悪いんだよ。そんなの。世界征服も世界平和とかもさ。いや、世界は争い続ければいいというわけじゃないよ? でも、殴り合って、武力で抑え込んで、その地の人を剣で脅して『ああ、これで全ての国を平定したぞ』ってめちゃくちゃかっこ悪くないか? 規模を大きくしたカツアゲじゃん? 王になるための剣とか、自分の村を作って統治するとか、最強の魔法使いになったり、最強の剣士になったりとか、なんか相手がいないとできない目標だよね。そんなことに時間費やして、どうするつもりなの? 戦争で勝って、『常勝将軍』とか、『不敗神話』とか、かっこ悪すぎて、絶対にやめて欲しいよね。私は傭兵王ってのですら、ほんと、恥ずかしくて、恥ずかしくて、生きてられないって思うよ。いや、異世界に戻りたいとかは、わからんでもないよ? でも私は元々、こっちの国の人間だし、戻るったって、戻りようがないし、そんな高いモチベーションもないんだよね。魔王討伐、世界平和、世界を救うとか、全部、暴力とか戦争とかの話だよね。命がいくつあっても足りないよ? んで、何かといえば辺境伯だろ? 戦争やるなら、弱い相手を圧倒するだけで十分。どうしても倒さなくてはいけない強敵がいたら」


 早口で、何を言っているのかよくわかりませんが、そのような意味の話を滔々とされました。私は思わず話を遮りました。


「それでも、多くの王国の民を救ってくれたではありませんか」


「ちがう、ちがう。多くの人を救ったように見えて、他の人の夢を奪っただけさ。暴力ってのは、そういう側面がある。村人を救うために悪漢を倒すのは正義に見えるけど、暴力に暴力を重ねただけさ。本当にすべきは『裁く』ことなんだ」


「神の裁きでしょうか?」


「いや、神はアテにならないよ。人が人を裁くんだ」


 ……お母様。

 確認のために、お母様の予言について、詳しく知っておきたいのですが、「この世界を変える」とは、良い方向ですよね?

 それとも……悪い方向に変わるのでしょうか?

 もしもこの方が世界を変えてしまうとしたら、何か、恐ろしいことが起こる気がしてきます。

 シド様は神の裁きを否定し、神の存在をも否定しかねません。


「そんな見たことも無い神様に身を委ねて、死ぬことになっても、納得できるかい?」


 納得もなにも、神と言うのはそういう存在ではないでしょうか?


「神が存在するとして、その神を利用するものが必ず現れる。王宮から神官職を無くしたのは、神事に金をかけまくるより、民を潤して平和が保てる社会を作ったほうがいいってことさ」


 ……私、シド様には返しきれないほどの御恩がありますが、このように神を冒涜される方を助けていいものか、少し迷います。

 そう言えば、私が王宮に赴任した時、神官の方がいらっしゃらないことを不思議に思いましたが、どうもシド様が免職させたらしいです。


 王宮には暦を作る神官と行事を行う最低限の神官がいるだけで、神託を出す神官などはいなくなりました。世の中を変えるとは、そういうことですか? しかし、急にそのような運用をされては、何よりも国王がお困りになるのではないかと……。


「シド様が、そういう考えをお持ちですと……やはり、アルディラの宮廷が、シド様の暗殺に関与されていてもおかしくはないかと」


 何もかもを変えてしまうかもしれない存在。

 この世界の理も、歴史も、国の形すらも、この方には気に入らないのか……。


「えー。リーンにまでそう言われるとはなぁ」


 すっかり弱った顔になっていますが、シド様が「普通」だと思っていることが、私には受け入れられません。見たことのない世界の話をされているような感覚です。


「回復魔法は効いてきた?」


 シド様に言われるまで、あまりにも重い話だったので、腰の重さを失念するほどでした。体が動くうちに、腰を伸ばしておかないと、次、いつまた痛みが走るかわかりません。


 そっと体を動かすと、痛みを止める魔法が効いたのか、痛みが少し和らいでいます。しかし、最早完全に取れるものでもなさそうです。


「うちの温泉に入って行くかい?」

「オンセン?」

「うん、腰痛とかに効きそうな感じがするお風呂だよ」

「お風呂があるんですか?」


 ついに、人間の中でも、北方エルフのように、日々清潔にしようとする者が現れたようです。いえ、もしかしたら……これも世の中を変えようとする一環でしょうか。


 私はすっかり舞い上がってしまいました。

 人間界に来てからこのかた、満足にお風呂には入れませんでしたから。


「入ります!」


 有頂天になってそう言うと、それを遮るように、レイさんが


「師匠。無理ですよ? 外は雪ですし」


 と知らせてくれました。

 がっかりです。シド様は、お風呂を、屋外に用意したようです。

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