第5話 火蜥蜴は眠り

「腰を痛めている方を背負ってあの道を行くのは大変危険かと。ここ数日、雪かきもしていません。それにサラマンダーも少し動きが鈍い感じがします」


「あちゃー。あれって冬眠するんだっけ? お風呂に入れっぱなしだったな」


 ……サラマンダーの入っているお湯は、私も御免こうむります。


「すまんな。リーン。お風呂は無理っぽい。ホントはお風呂でのんびりしていってもらいたかったんだが……」


「いえ、お気持ちだけで充分です」


「そういう訳にもいかないよ。リーンの腰痛が、もしもぎっくり腰なら……」


「……ぎっくり腰?」


「うん、そういう病名があるんだ」


「私の腰、そんな愉快な病名ではないと思います。かなり長引いていて、魔法で痛みを取り除いたり、しょっちゅう回復魔法をかけないと、体が動かなくなる病気です」


「うん。そうなんだ。それがその病名なんだ。いや、私も異世界で聞いたときはふざけた名前だと思ったが、本当にそういう病名があるんだ」


 なんでしょう。

 腰の痛みをバカにされたようなその名称は。

 致死性腰筋激痛症とか、そういう名前のほうがしっくりきます。


「向こうで、えーっと、異世界で僕も腰をやらかしたことがあってね。ずっとパソコンの前でコード……いや、えーっと、机に座っていると、なるらしい。しかもこの痛みは癖になるんだ。その時は、体をグリグリと揉みほぐして、回復させたことがある」


 揉みほぐす。

 巨大なローラーにでも入れられてしまうような言い様です。


「どのようにされるのですか?」


「最初は、薬や筋肉を引っ張ったりしていたんだけどね。ああ、たいしたことはないよ。怖がる必要はない。まあ、試しにやってみようか? レイ、ダイニングテーブルの上に、この子を乗せるから、手伝ってくれ」


「あ、その」


 止める間もなく、二人は準備に取り掛かり始めました。

 私は横になってシド様がすることをただ眺めるしかできません。


 腰を良くするために体を揉みほぐす。

 そのためには、それ専用の台が必要だそうです。

 シド様はダイニングテーブルに穴を開け始めています。ダイニングテーブルを潰して、私のための専用の台を作ってくださるようです。

 私がありがたくも申し訳なく思っていると、


「ここに、リーンの顔を入れる感じで穴を開けるんだ」


 と、……恐ろしいことを言いだしました。


 顔を入れる?


 確か、人間界の罪人を、街中引き回す刑で聞いたことがあります。百年も前の風習ですが、私、まさかそんなことになるとは思っていませんでした。


 これでもエルフの王族です。

 こんな辱めを受けなくてはならないとは。


 その時、ちょうど腰にかけた痛み止めの魔法が切れ、また腰にズキっとする痛みが走り、思わず声をあげてしまいました。


「すぐに用意するから待っててね」


「師匠、こんなもんですかね」


 開けられた穴は、顔よりも幾分か小さめです。あの穴に首を無理やり押し込められるのかと思うと、動かせない体を恨めしく思います。


「ああ、ちょうどいい感じだ」


 見たところ、ちょうどいい感じでは少しもありません。

 ですが「いえ、私の顔はもう少し大きいので」とは言いにくいです。

 あれよあれよと、テーブルは改造され、そこに白い毛皮も敷かれました。


「よし、こんなもんだろ」


「でも、師匠。彼女は胸が大きいので、胸のところも穴を開けなくてはいけないのでは?」


 従者の方が困った顔で、私の胸を見ます。


「んー。向こうじゃあ、そんな仕組みにはなってなかったんだけどなぁ」


 男女の違いかなぁと、テーブルの真ん中にも穴を開け初めました。


「で、師匠。どうやって、ここに寝てもらうんです?」


 レイさんにそう言われて、ようやくシド様はそれに気付いたようです。


「あ、そうか。……リーン、動け……ないよね」


「はい」


 少し思案して、シド様は、私を抱きかかえることにしました。

 テーブルをギリギリまで近づけて、レイさんと二人で抱えて運ぼうとしますが、さすがに、大人のエルフを……しかもエルフにあるまじき……その、割とふくよかな体格になってしまった私を運ぶのは無理があります。


「あの、あ、いや私、ちょっと……最近、運動不足で……その──重いと思います!」


 我慢できずに白状してしまいました。

 私を運ぶことで二人の腰が壊れてしまったら、全滅ではないですか。

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