第3話 時は零れ落ち

 でしたら私の魔法で氷獣狼フェンリルでも召喚して、この山に配置し、近づくものの一切を食い殺すのはどうかと提案いたしましたが、シド様は平和的解決がお望みでした。


 私としては恐怖で相手を威圧するのが一番かと思いましたが、どうしても、その方法は避けたいと。


 人間の考え方だそうです。


 命を狙ってきた相手がどのような人物か分かりませんでしたが、どうも幻影術を使っていた様子とのことです。その方は、シド様が『封竜の剣(ドラゴンロッカー)』を使い、消し炭にしてしまったとのこと。


 お母さまはご存知でしたか?

 シド様は、あの豪炎竜ニーズヘッグを剣に封じ込めて、知性ある剣として使役させているそうです。恐らくは、封獣の術か、『知性あるインテリジェンスソード』の作り方を使ったと思いますが、代わりに契約者が強い呪いを受ける術です。


 その剣から竜語魔術でも使ったのでしょう。竜の力は加減できるものではありません。術を食らった相手は一瞬で蒸発したと思われます。


 なので誰に雇われたのか、素性が分からずじまいですが、闇に隠れ、クナイを使うとおっしゃっていたので、レイナ国の流れを酌むものではないかと。依頼主がレイナ国かどうかまではわかりません。レイナでしたら、お父様のツテで、事情を探ることができるのではないでしょうか?


 また別の女刺客もいたそうですが、彼女は逆にシド様をお守りしていたとのことです。シド様には『自分はランドン国からの依頼であなたを守りに来た』とおっしゃったそうです。


 ランドンでしたら、騎士団長のガレス・ミフネフォールド様が、確か配下に情報部隊をお持ちで、そこに若い女性の暗殺者が何名かいらっしゃったはずです。


 特徴をお聞きすると、少し身長とバストサイズの印象が違いましたが、ほくろの位置などは、私が記憶している少女と同じですので、同一人物でしょう。ただ私が知っているのは十年も前の話ですので、成長されたのかもしれません。人間は体の成長だけは早いですから。


 ランドン国は、シド様に友好的なのかもしれません。もしかしたら、ミフネフォールド様の独断の可能性もありますが。


 但し、その彼女も十数日前に屋敷を出たまま、帰ってこないと言います。ランドン国に帰還したか、山に潜伏中なのか分かりません。


 また、アルディラ王国内からも刺客が来ているとのことです。


 こちらは、冒険者ギルドに依頼をするなど、かなり荒い依頼で、数はともかく、一人一人の力量はシド様には劣るとは思います。


 冒険者ギルドの情報は宮廷の関知する所ではありませんが、シド様の暗殺を、山賊退治と称して目論んでいるとのことで……少し、心当たりがあります。


「シド様は、軍務尚書様と、内務尚書さまに、嫉まれております」


 王宮内で、シド様の話題は、たまに出ます。

 仮に王国がシド様の暗殺を謀っているとしても不思議ではないでしょう。


「なんで?」


 ……なんで? とは、なんで? と聞き返したくなります。

 なんでわかっていないのでしょうか?

 この方は、自分の立場を全く理解されていなかったようです。

 内乱をその知恵で制圧し、普通の人では考えつかないような作戦を立て、併合された近隣諸国を上手にまとめ、軍制改革を断行し、国民全体を即席の軍隊に仕立て上げ、旧来の貴族の私兵や傭兵よりも強固で圧倒的な軍事力を産み、国家の税制すらも変えてしまった人物です。


 それなのに、いざ王国再建という段階で、国政への参加を拒み、槍術部隊や剣士部隊を創出しながら、二年でその指導を終えて隠遁。


 残された軍務尚書、内務尚書の憤懣を想像したら……。


 そして異種族同盟の王族の娘にして、シド様と交友のある白魔導士を王宮に入れたにも関わらず、赴任時には肝心のシド様がいなくなっているとか……。ご自分の立場を理解していただきたいものです。


 シド様は、頭を掻いて「弱ったなぁ」と仰いますが、弱っているのは私たちの方です。

 私の腰さえちゃんとしていれば、もっと強気に話をしたのですが……。


「内務尚書まで怒っているのか」


 と、笑いながら呑気に宣うではありませんか。

 どうも軍務尚書に怒られるのは覚悟の上だったようです。

 ちなみに、内務省はシド様の改革につられたように行政改革を断行し、村を束ねる県庁を定め、地方行政を行っています。同時に警察機関を作り、国内の治安維持に動きました。


「へぇ。それは、賢い奴がいたもんだね」


 というものですから、私、得意になって、行政特務長官から内務尚書になったばかりのモッティ・フルムーン様の話をいたしました。


 モッティ氏が一番気にされているのが、国内の不満分子です。


 特にシド様が国民軍制度を作ったために、貴族の私兵や傭兵たちがかなり不満を高めているそうで、彼らを労働力として開拓業務や河川整備業務に使ったり、一部を新しく始めた国内治安組織や王宮や政府を守る近衛兵として使っていますが、全ての兵が職に従事するわけもなく、あぶれた一部が燻っていると聞きます。


 また、財務に関しては、先の戦争の未払金がまだ残っているほどで、これ以上未払いが続けば、不満が一気に高まり、内戦がおこりかねないと。


「なんで支払わないの?」


 それは、私にはわかりませんが、シド様の疑問もごもっともでしょう。

 税も整備され、貧しいものを国家が保護するまでになりましたが、戦争の未払金などは、登録された人物にしか渡されないようです。


「じゃあ戸籍制度まで作っているのか。やるねぇ。モッティ」


 シド様がお認めになるくらいなので、相当のやり手なのでしょう。

 シド様は、モッティ様のことをあまりご存知ないようです。内戦時に、モッティ様は主に後方で兵站の確保などを行っていたので、交流が無かったのかもしれません。

 ですが、内乱時に国軍側に付いた者には報酬を与える制度を興したのは、シド様です。

 その……言い方が人間界並みの下品な表現をするのであれば、尻ぬぐいをさせられている内務省はシド様を恨んでいます。


「多分、そいつに任せておけば、間違いはないよ。そいつのやろうとしていることは、僕のいた世界の、百年ほど前の世界だ」


 おかしなことを言います。

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