第3話 深慮遠謀
しかし、先の内戦でかの方が見せた戦術の数々は、大陸の歴史を一変させたのは事実です。
その証拠に、どの国もそれまでの伝統的重装騎兵をやめ、長槍軽歩兵戦術に切り替えています。そして、軍備増強は留まるところを知りません。
それも弱小国のアルディラが、あの手この手を使って、たった八年で巨大な軍事大国となったためです。十数年前には考えられなかったことです。
それくらい、アルディラの大国化は脅威であり、その立役者シド・スワロウテイルを、そう、かの方を、要警戒とするのは当たり前でしょう。
しかも、その人物が、いま、野放しにされている。この状況がいかに周辺国にとって危険なことか、お判りでしょうか?
……勧誘? 我が国に?
それができるのであれば、苦労はしません。
少なくとも私の依頼主は、その選択を捨てました。
理由は二つです。
一つは、既に私人となったかの方を正式に招聘するルートがなくなったこと。
これはアルディラから軍事顧問として、かの方を招く方法がなくなったことを意味します。もしも軍人のまま、若しくは冒険者を続けていらっしゃれば、正式に招聘することもできたかもしれません。逆に正式な申し込みができないままに、かの方を招聘すれば、アルディラは我々を警戒し、将来の侵略の口実とするでしょう。
もう一つは……どの国の軍幹部も、あの天才を招聘すれば、自分たちの居場所がなくなると知っているからでしょう。
誰しも彼の知恵は欲しいでしょうが、それが自分たちの身を危なくしてまで欲しいかどうかで言えば、懐疑的というしかないでしょう。
では、かの方を、どうすればいいのか?
どこにも行かないように監視する。
そして、アルディラにも戻さない。銀嶺山に留め続ける。
そうでなければ……最終的にはかの方を暗殺する。
はい。私はアサシンとしての教育を受けています。
歴史に名を残すかもしれない人物を、私の手で……?
いえ。そのような気分の高揚は微塵もありません。
暗殺というのは、むしろそういう感情を捨てるものです。
鶏をしめるように、きゅっと。今までもそう殺してきたように、かの方の首を、きゅっと捻ることになるのだろうと。
そうです。殺すことは技術でしかないのです。
ですが、もっと難しい問題があります。
アルディラが、かの方の暗殺を理由に、隣国への侵略戦争を始める危険性です。どの国がやったのかはわからない。
でも、それを理由に隣国へ侵略をすることはできるでしょう。
あなた方がそれをしないと言えますか?
私の依頼主は、そこまで読んでいます。故に、安易に暗殺に走るだけでなく……かの方を殺害するものの排除も命じられました。
誰?
いえ、名は絶対に言えません。ですが、我が国はアルディラと、このような形でことを構えたくない、隣国のひとつだという認識はしていただいて結構です。
その後?
はい。私は、夜中の内に、周辺の状況を把握しました。
本宅の丸太小屋、納屋、食料庫。これが山の中腹に集中しています。
他には鶏小屋。山羊小屋。そして、新しい小さな小屋。その中には何もなく、作りかけの様子でした。階段状の壇があるだけで、何に使うかはわかりません。中には握りこぶし大の石が積まれていました。
山荘からは川へ降りるように、道が続き、養殖池がありました。
サラマンダーを養殖されておりました。
わが国ではサラマンダーを養殖することはありませんので、不思議なことをと思いました。
……アルディラでも、サラマンダーを養殖することはない?
……かの方の深慮遠謀まで、私にはわかりません。
見たままの事実です。飼い慣らせるものではないと思いますが、かの方は、サラマンダーの幼生を池に飼っていました。
更に山荘の裏側、養殖池ではない方向に細い道が続いていました。
これは、事前の報告書にありませんでした。離れて監視できる全ての場所から死角になっています。
そこには照葉の生垣が丁寧に配置されており、美しく刈られ、まるで王宮の庭のように感じました。道には、いくつか大きめの平らな石が敷かれており、そこを歩くのかと。きっと雨で道がぬかるんでも、客人の足元が汚れない配慮なのでしょう。
そこを抜けた先に、小さな東屋を見つけました。
家……というにはあまりも小さく、靴を脱ぐだけの簡単な玄関と、簡素なひと部屋、そして小さな台所程度の粗末なものです。
屋根は草で葺いてあります。まだ作られて新しいようでした。
部屋には独特の干し草の薫りがしていました。部屋の床は板敷きではなく、草を編み込んだマットが敷かれていました。
……やはり、これも、この地方のものではないのですね。
私も初めて見ました。
何か、武器を隠していないか警戒しながら小屋の中に入ると、そこは不思議な空間で……アルディラにも、周辺国でも、みたことのない造りでした。
信じられますか?
小窓が薄紙でできていたのです。
細い格子状の木枠に紙が貼ってあるだけ。もちろん、寒さも暑さも、防げるはずもありません。最初は何かの冗談かと思いました。
しかし、その紙の窓を開けた向こうに広がる庭に、私は……。
私の心は、この時点で既に敗北をしていたのでしょう。
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