第7話 「エルフの鏡」を貸したわ

 二回目はもう慣れたものよ。髪が熱くなるからまとめて、借りた布を頭に巻いたわ。こんな熱いところじゃあ、エルフの髪が傷んじゃうからさ。


 髪はエルフの命。熱で枝毛が出ないようにしないとね。

 で、暗闇の中で、またシドが変な踊りをするのを眺めて、石に水をかけ、蒸気に蒸され……。


 一回目と違うのは、途中からシドがなんか木の枝を束ねた奴を二つもって、あたしの背中を叩いてくるの。あれ、マジでなんだったんだろうね?


 背中や尻のあたりをペチペチ叩いてくるんだけど、意味が分からなくてさ。

 何なのかしら?


 シドの顔を見たけど、一心不乱に叩いているから、怖くて、聞けなかったわ。


 もしかしたら、シドなりの求愛方法かもしれないけど、ちょっと人間の世界の風習はよくわからないのよねぇ。お尻を手で触ってくるのなら、一部の田舎エルフの風習としてあるけどさ。もし知ってたら教えて欲しいくらい。そういうの聞いたことある?


 でも、だんだんそんなのも気持ちよくなってくるから、不思議なものね。

 ……いや、あたし、変な性癖の話、してないよね?

 血行が良くなった感じはしたわ。

 叩かれるのは癪に障るけど、変な踊りを見ているより、マシね。

 そうそう、後で聞いたのよ。あの踊り。

 あの踊り、血行を良くするためらしいけど、それって、シドの血行が良くなるだけよね? 笑うでしょ?


 枝で叩かれたほうが、なんか落ち着くっていうか……いや、性癖じゃないから。


 ただ……その木の香りが、幼かった頃に遊んだ、エルフの森を思い出させる香りでさ……。きっと、シドはそこまで考えていたんじゃないかな。あいつ、言葉にするの、苦手だから。


 そんなちょっと、似合わない、感傷に浸っていたんだけど、やっぱ、熱いのよ。無理。


 で、また体が耐えきれなくなる頃に、小屋を飛び出して、水樽にドボンよ。

 二回目になると、慣れてきて、百とは言わないけど、まあまあ、入っていられたわ。


 そしたら、もっと、ほっとした感じになったわ。体がジンジンと、なんていうのかな、ぼーっとした感じで、ほっとするの。いや、あたしの語彙のなさよ。でもホント、そんな感じなの。


 調子に乗ったのか、シドったらさ、三回目をやろうって言いだしてさ。


 さすがに殺意が芽生えたわ。


 殴ろうとしたけど、ぐっと堪えたわよ。

 これくらいでイチイチ、キレてたら、人間社会でやっていけないのよねぇ。

 エルフの器量は人間の比じゃないわ。このか弱い種族に比べたら、長命種としての器の大きさをみせつけないとね。


 でも、ホント、悪気はないのよ。この人。

 まあ、最初に出会った時から、この人の異世界ごっこに付き合ってあげようって思ったから、最後まで付き合ってあげるわよ?


 あー。別に、好きとか、そういうことじゃないの。

 あたしたちは、年齢も種族も離れてるし。


 ちなみに四回目は殴ったわ。くどいから。考える前に手が出ちゃった。

 それで分かったんだけど、あたし、もう完全に、毒、抜けてたわ。


  ◇


 ということで、ほんとに、あの小屋は毒を出す効果があったみたい。


 毒消しよりもどうかって言われると微妙かなぁ。いや、状況にもよるけど、こっちもお薦めよ。いろんな意味で。あなたも一度やると良いわ。


 それから、あたし、もっと面白いモノをご馳走になったわ。

 牛乳にハチミツを加えて、凍らせたもの。


 ……こういうと、全然美味しそうに聞こえないかもしれないけど、これ、ほんと、美味しかったの。


 シドが、冷却魔法陣アイスを使えるようになっていたのにも驚いたけどね。

 それで、ミルクの入った金属製のカップを凍るまで温度を下げて、ずっとかき混ぜ続けると、なんというか、どろっと半分凍ったようなものができるんだけど……全然、美味しそうに聞こえないでしょ? ごめんね? 


 でも、これが美味しいんだってば。


 まあ、あれだけ熱い目に遭った直後ってこともあるし、三日も何も食べてなかったせいもあるかもしれないけど、あれは、絶品よ。王都でこれの店を出せば、絶対に流行ると思う。


 でも、あの子、ネーミングのセンス、ないのよ。

 そのご馳走の名前も『アイス』だって。


 でもさ、そんな美味しいのを食べさせてくれたら、お礼もしなきゃいけないじゃない?  あたし、山荘に数日泊って、レイに弓を教えたり、シドの仕事を手伝ったりしたの。お礼よ?


 でも、さすがに長居しすぎたわ。

 正直、退屈なのよねぇ。山の暮らしって。

 毎日、狼が襲ってくるとかあるといいんだけどさ。冒険者の習性サガって奴? 

 それに雪一角も捜したくなったし。


 やっぱり、あたし、ひとところに留まる女じゃないのよね。


 ちなみに、もちろん、元気になったら、すぐにギルドに連絡を入れたわよ?

 あの山にいるのは、山賊じゃなくて、シド・スワロウテイルだったって。


 ……まあ、ちょっと遅くなったけどさ。

 白状すると、すっかり忘れてたわ。


 後から聞いたんだけど、あたしの連絡が行くまで、ギルドは、何人も送り込んだらしいの。けど、ことごとく帰ってこないって。

 しかも、ギルド長が、「あの情報を流した奴、絶対に捕まえてやる」って憤慨していたらしいけど、調べたら、依頼主の住所は嘘だったんだってさ。前金は本物だったらしいけど。

 ちなみに、あたしは、一人しかってないけどね……。

 黙っててよ? 

 そんなの冒険者ギルドにバレたら、またあたし、干されちゃうから。


 そういえば、山を下りる時、三人目の心音が聞こえた気がしたけど……聞き間違えたと思って、あんまり気に留めなかったんだけど……。すごく遠くにいたしね。

 アズライールもあたしが気絶している間、ずっと警戒状態だったらしいし。まあ、シドなら大丈夫。そんじょそこらの奴が倒そうと思っても、死なないから。


 それと、シドに「エルフの鏡」を貸したわ。なんか必要らしくて。

 あたしにはエルフの知り合いはもういないし、西エルフの家族も友人とも連絡の取れない鏡だけど、シドは北のエルフの王族に知り合いがいるらしいし。知ってる? 『水面の貴婦人事件』の、やらかしエルフ

 アレ、いま、王宮魔術師だって。笑っちゃうよね。


 ……ま、またシドには会えると思うわ。

 あたし、それより、雪一角捜しに行くから。

 あたしと合流したくなったら、銀嶺山まで探しに来てね? 

 それか、シドんところで待っててくれてもいいわ。



(『エレノアからの手紙集②』より 「シド」の章 抜粋)



★★★作者より★★★


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