第6話 じゃあ、お前がやってみろ!

 時折、その振った手ぬぐいから、やけに熱い空気がこっちに伝わってくるのが嫌だったの。熱いというか、ドラゴンでも出す気? ってくらいの灼熱が来るの。

 でも、汗は胸元からも背中からも溢れるように出てきて、なるほど、毒が出て行くのかもしれないなぁってぼんやり思っていたの。

 敷いている毛皮が、汗で汚れちゃうけどね。


「これ、いい毛皮ね」

「ああ、雪一角だ。さすがだな。わかるのか? ここら辺にも出るらしいぞ」


 へぇ。体が動くようになったら、探そ。街で売ればいいお金になるし。


「これって夏の暑さや暖炉とは違う熱さね」

「ああ、異世界にあったものだ」


 ……でた。また異世界。これよ。こういうところがシドなのよねぇ。


 どこの世界に、汗をかくための専用の小屋とかあるのよ。

 笑っちゃうでしょ? ツッコミどころ満載で。


「これ、なんていうの?」

「サウナだ」

「意味は?」

「……え? 意味は……サウナとしか」


 ほら。もうボロが出た。適当に今考えた話なんだよね。こんなのばっかりよ?

 がっかりした?

 みんな「傭兵王」とか言っているけど、中身はこんな感じよ?


「熱さに耐え切れなくなったら、言えよ? 外に冷たい水が用意してある」


 ありがたいわ。きっとこれだけ汗が出た後の一杯は気持ちいいでしょうね。

 そのうち、シドのほうが、息が荒くなって、はあはあ言い出したの。

 そりゃ、いつまでもそんな踊りをしていたら、そうなるわよね。しかも、あんまり上手じゃない踊り。


「だ、駄目だ! ゴメン! お先!」


 シドが先に耐え切れなくなって、扉を開けて出て行ったわ。

 まあ、人間にこの暑さは耐えられないわね。

 だって、エルフのあたしが、もう意識が飛びそうなんだもん。


 外に出た瞬間のシドの体から、湯気が立っていたわ。扉の隙間から一瞬だけ見えたけど、完全に蒸し人間よ。


 てか、あたしも体が動くうちに出なければ、蒸しエルフ。

 シドの後を追って、すぐに外に出たわ。


 陽の光がまた眩しい。

 で、明るいところで自分の体をみたら、物凄い湯気を立てて、汗がしたたり落ちてたの。


 これは毒も出るの、絶対に早いわ。


「お水は?」


 こっちを見ようともしないシドは、背中を向けたまま、大きな水樽を指さしている。明るいところで裸を見るのが苦手とか、ほんと、めんどくさいわね。


「これ?」


 いや……これ水樽だぞ? 

 まさか、これを、飲み干せとか言わないよね?

 柄杓もないので、直接手を入れてみたんだけど、驚くほど冷たいの。

 でも、これをごくごく飲んだら気持ちいいだろうなぁ。何杯でも飲めそう。


「その樽に入って?」


 ……ん? なな、なんつった?


「その樽の中に入って、体を冷やすんだ」


 …………は? 冗談でしょ?


「この水に? 大丈夫なの? え? 超冷たいんだけど」

「この水は冷たければ冷たい程、体に良いらしい」


 え? 体に……良い? ……聞き間違い? 毒より先に心臓が止まるよ?


「体が冷える前に入った方が良い。できない?」

「できるわよ」


 つい、言ってみたものの……できるかな?

 階段をのぼって、樽の水に足をつけるが、ちょっと無理感……。


「大丈夫? 無理?」

「今、入ろうとしているところだから。黙っててよ」


 死なないように、そぉっと……大樽のヘリを掴んで下半身を入れたの。もう、おっかなびっくりよ?


 でも、シドの言いたいこともわからないでもないわ。さっきまでの熱さの分、ちょっと体が引き締まるようにで、きもちいいかも……。


 ざばばと、樽から水が溢れだしたわ。

 だけど、上半身は無理ね。悪いけど、心臓が止まるわ。


「肩まで沈んで?」


 か、……肩まで?


「息を吐きながら、入るといいよ」


 何がいいのか? 説明がないのよ。無茶苦茶でしょ?


 死なないようにゆっくりと、そして息は自然と吐き出しながら、肩まで沈んだわよ。エルフにはできないとか言われたくないし。

 またザババと水が流れるんだけど、とにかく冷たいのよ。

 さっきの小屋で体が熱くなってなければ、あたし、絶対に死んでたわ。


「ふーーーーっ、ふーーーーっ」


 よしいけた。肩まではなんとかいけるものね。

 不思議なんだけど、体の周りに、熱の精霊が漂っているみたいに、しばらくすると冷たさが感じられなくなったのよ。信じられないでしょ?


「で、百まで数えて?」


 ……ひゃ、百? 信じられないでしょ? 殺す気?


「一、二、三、百」


 無理よっ!

 あたし、樽から飛びだしたわ。めちゃくちゃなのよ。もう。


「わあ。早い、早い。エレノア。ちゃんと数えて」

「うああああ、もう無理! じゃあ、お前がやってみろ!」

「いや、後から、ちゃんとやるから」

「先にやれ! いますぐやれ!」


 くそ。こいつ、さっきから無理難題ばかり言いやがって。


「じゃあさ、エレノア。そこのベンチで横になって休んでいて?」


 言われたベンチで、うつ伏せになったわ。もう反抗する気力もなくて。


「ちなみに、そこは、仰向けでもいいから」


 仰向けになった。見てない癖に、なんでわかった。ほんと、なんか、イチイチ腹が立つんだよね。


 でも、不思議。

 秋風に裸の体を晒していると、なんか、体がジンジンしてくるの。

 暖かみが戻ってくるというか。なんかいろんなことがリセットされていく、不思議な感覚。

 山は空が高いのね。うっすらとした雲すら気持ちいいわ。

 何かしらね。この感覚。どう説明したらいいんだろ?


 ふと樽を見ると、シドが肩まで沈んで、律義に百まで数えだしている。

 ……てか、本当に大丈夫なんだ? 

 人間の体だからできるのかしら。いや、なんか、もう、どうでもいいわ。

そういえば、毒、抜けた気がするなぁ。


「百! ほら、エレノアできるだろ?」


 憎たらしい人間だよ。まったく。でも、お礼を言わないとね。

 まさか、熱い部屋から冷たい水に入ると、こんなに体が気持ちよくなるなんて思ってなかったわ。


「なんか、楽になったわ。ありがとう、シド」

「そうだろ? サウナはこういうのに効くと思ったんだよね。じゃあ、もう一回」


 ………………なんつった?

 も……もう一回? はあ?

 あの灼熱の小屋に、か? バカなのか? コイツ。

 今、二人とも死にそうになって出てきたところだろ?

 めちゃくちゃ熱かったのに、もう一回?


「あ、いけない。入る前に、まず、このお水を」


 シドがテーブルに置いた銀の水差しからコップに水を注いで渡してきたの。


 もうこっちはすぐにコップに入った水を、頭からかぶったわよ。

 もう一回行くならって。


「あ。それは飲む用で」

「いや、あんたたちの基準が全然っ分かんないんだけどっ!」


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