第5話 才能
翌日、朝早くから、薪割りの音が聞こえた。
「おはようございます」
小屋から出ると、この家が大きな丸太小屋だったのかと改めて気付かされた。
「随分立派な家だったんですね」
「ははっ。世辞はいらんよ。粗末な丸太小屋さ。街の大工と麓の村に頼んで、二年がかりで作った家だ。私はここでのんびりと暮らしたいんだ」
「軍には戻らないのですか?」
「誰が戻るか」
と笑った。
「傭兵も、冒険者も、後世に語り継がれる人物はごく一部だ。傭兵は激しい戦いの最前線ほど高い金額。冒険者も深い洞窟の中ほど名声が上がる。結局、みんな、もっと上を目指して、どこかで死んでいく。そんなバカげた生き方はしたくないよ」
当時のシドはそんな考え方をしていた。
まさか、自分の名が歴史に残るなどとは想定していなかったことだろう。
「でもシドさんは、強かったんでしょ?」
「強かったのは運だけだ。私は臆病なんでね」
今なら理解できる。
本当の強さとは、戦わないようにする力だと。
だが当時の私には、それは彼の謙遜にしか聞こえなかった。
「私よりも力持ちや、私よりも剣術の優れている奴、私より魔法を知っている奴がいたが、みんな死んだよ。私は彼らよりも弱い。生きているのは運がいいだけさ」
「引き留める人はいなかったんですか?」
「いたよ」
特に冒険者仲間からは、引き留められたらしい。
シドが抜けると、ギルドの手続きが面倒だから困るとか。
シドが抜けたら、あたしが最年長になるから、嫌だ、とか。
お前が抜けたら、誰がダンジョンで飯の用意をするんだ、とか。
お前ほど安くて腕の立つ剣士は見つからない、とか。
パーティの揉めごとを解決できるのは、お前だけなんだから、とか。
どうやら、そういう方面で大活躍していたらしい。
謙遜でなければ、恐らくは冗談だろう。だが、冒険者にそういう雑務があるのも確かなことだ。みな、吟遊詩人の語る英雄譚に憧れるが、実働となると、多くが準備や雑務。そして、延々と洞窟の中を歩き回る「調査」だ。
それは吟遊詩人たちが歌に決してしない部分だ。
「一人の英雄が出たとしたら、その土台を作った三十人くらいのサポーターがいるんだよ。誰もが、最後の一人だけを賞賛するけど、その犠牲になった三十人には見向きもしない。英雄とは一番最後まで逃げ回って生き残った奴かもしれないのにね」
シドはそう渋い顔をした。
だが、当時の私が知らないだけで、既にシドは有名な「竜殺し《ドランゴンスレイヤー》」だった。
「いや、私は竜を殺したことはないし、あれは単に竜が戦いに疲れていただけだから」
シドは山荘に訪れる人がその話をするたび、いつもそう笑って答えていた。
ある意味、正しい。シドは竜を殺していない。
だが、殺すよりも残酷なことをしていたと知ったのはもっともっと後のことだ。
話が前後した。その翌日の朝に話を戻そう。
気付けば自然と、薪割りの手伝いをしていたと思う。
私が薪をセットすると、それをシドが綺麗に斧で両断していくのが気持ちいい。
誰もいない山に、ひたすら、薪を割る音が鳴り響いた。
「やってみるかい?」
疲れたシドと、斧役を交代した。
「いいかい、斧を振ろうと思ってはいけないよ。斧の刃を垂直に落とすことだけに集中するんだ」
「足はこうだ。外して自分の足を傷つける馬鹿な真似はするなよ?」
「握りはこう。左手の小指から握るように。右手は添える形」
「うまいぞ。腰を上手に落としているね」
「腕よりも背中が疲れてきていたら、正解だ。正しい斧の降ろし方をしている」
思えばシドの指導者としての才能は、生まれつきなのかもしれない。調子にのって斧を落とし続けた。
「ちょっと疲れました」
見れば百本近い丸太を割っていた。
「ああ、ここまでやってくれたら十分だ。助かる、助かる」
最初の何本か失敗こそしたものの、最後の方になると力の入れ方もわかってきた。
「レイは薪割りの素質があるな」
あまりうれしくない素質だったが、役に立てるのであればと……いや、これはチャンスではないのか? 確か、この時に、そんなことを考えたと思う。
「あの……剣も教えてもらえませんか?」
その時のシドの複雑な顔を、私は一生忘れない。
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