第6話 異世界の話
「なんで?」
そりゃ、そうなる。
昨日、命を狙ってきた人間に剣術を教えるなんて馬鹿なことをする奴はいない。
「強くなりたいからです」
「強くなってどうするの?」
強くなってどうするか?
考えたことがない質問だった。
この国では強さこそ正義だったからだ。
「強くなって、軍隊に」
「やめとけ、やめとけ」
シドは話を遮って笑った。軍を抜けたシドにとって、「軍に入りたい」というのは、バカな提案だったことだろう。だけど、私は食い下がった。
「強くなれば、食べていけます。冒険者にだってなれます。生きていく方法が欲しいんです」
シドは少し考えた。
「レイ、食べていく力なら、……まあ、君さえよければだけど」
その後、またしばらく考え込んで、言うべきか悩んだ末に、シドは提案してきた。
「君さえよければ、ここで私を手伝ってくれないか?」
「手伝う? 薪割りを?」
「いや、薪割りだけじゃない。その……私は、ここでやりたいことがあるんだが、一人じゃあ、それをやる時間もなくてね」
「手伝います!」
「薪割りも、柴刈りも、畑仕事も、食事の準備も、縫物も掃除も洗濯も全部ひとりでやると、なかなか、自分の時間を作れない」
「手伝います!」
「それと、一人でやり遂げられるかどうかも自信がなくて」
「手伝います!」
「あと……え?」
「手伝います!」
「ほんとかい? いや、実は相当の重労働だけど、大丈夫かい?」
「大丈夫です! 手伝います!」
安請け合いとはこのことだ。
まさか、その後の苦労がこれほどとは、当時は思っていなかった。
まだ子供だったし、何より行く場所が私にはなかった。
だが、私にとっては、ちょうど川にたどり着いたときに渡し舟が出る直前だったが如く、飛び乗らねばならないと思うほどに、ありがたかった。
「ほんとに? え、いいの?」
「はい! 師匠! 仕事、教えてください! なんでもやります!」
山の秋の朝は気持ちいい風が吹く。
空は晴れ渡り、乾いた空気は肺の奥まで入っていく。
私の新しい道が開けた瞬間だった。
その日から、私は、シドを師と仰ぐことになる。そしてシドにとっては最後の弟子になった。
◇
山暮らしの生活を維持するのは、大変なことだった。
山荘には、住居とは別に食料庫と納屋や薪小屋、飼育小屋がある。
山道の中途の少々開けた場所に山荘は建てられ、ここから更に山頂に登る道、麓からたどる道の他、すぐ近くを流れる川へ降りる道がある。
川へ降りる道は新しく整地されたばかりだった。この川で洗濯や飲み水を確保する。
途中には材木が大量に置かれた場所があった。村で買ったというこの大量の木材は、今後に必要というが、目下、師匠が作っていたのは、川へ降りる道の先にある「何か」だ。
何を作っているのかは「出来上がってからのお楽しみ」としか言ってくれない。
形としては、小さな闘技場のような円形のものだ。
最初は畑か、それか南方で作られるという水田か、若しくは動物の飼育小屋かと思ったが、どれでもないらしい。そもそも丸く作る理由がない。
養鶏場は別にあるし、畑も川沿いに作ると、増水時に流される。そもそも、畑をこんな時期に作り出す必要もなければ、山の中腹には既に別の畑があった。
師匠は、朝に山仕事を終えると、昼までは剣術の訓練をし、昼からはこの円形のものをせっせと作り、夜になると私相手に、冒険物語をしてくれた。
「私は、ちょうどレイと同じ年齢の時、地震に巻き込まれてね。その時に、異世界に飛ばされたんだ」
それはハイマール地震のことか。師匠の年齢とタイミングが若干合わないが、第一次ハイマール地震のことと思われた。このアルディラの国を襲った未曽有の大惨事として語り継がれる地震であり、王国内乱の遠因にもなる。
師匠はそれに巻き込まれたらしいが、目を覚ました時には、既に異世界に飛ばされた後だったという。
「コーベという不思議な場所で私は目が覚めてね。ハイマールの地震で崩れた建物の下敷きになったところまでは覚えていたんだが」
救助された時は既に見知らぬ土地で、すぐに自分のいた世界ではないと気付いたらしい。
言葉も通じない。
師匠はそこでは国籍不明の外国の少年という扱いになったらしい。
彼を引き取ってくれたのはとある家族だったという。ごく普通の家庭だが、田舎で代々続く剣道場を開いていたそうだ。そこで剣術の基本を教わったのだという。
それだけでなくその家族は、行き場もなく言葉も通じない少年を不憫に思い、成人するまでの六年間、言葉を教え、大学まで行かせてくれたらしい。
──そうなってくると眉唾ものだ。
今でこそ、学校制度は王国でも整備されたものの、今も昔も大学となると、学者が行く場所だ。一握りの優れた人間や、貴族の子息くらいしか行けるところではない。
半信半疑で聞いたが、こんな調子で語る、師匠の異世界の話は、面白かった。
「今でも、その異世界の言葉は話せるんですか?」
「もちろんさ。コンニチハ。アザース。ググレカス。キボンヌとかね。全部挨拶の言葉だよ。平成二十三年までいたんだ。もう今から十年以上も前になるけど、割と覚えているものだね」
「ヘーセー?」
「あー……なんだろうね。よくわからないけど、年の前に付けていたね」
そう言って笑った。
師匠は何事も徹底する性格だったが、こんな物語の設定までも徹底して考えているとしたら、驚くほど素敵で無駄な才能だろう。
「あっちの世界は本当に面白いもの、不思議なもので溢れていたよ。どういう仕組みなのか、さっぱりわからないんだけどね。でもこれまた不思議なことに、その国の人にもその仕掛けがわかってないんだよ」
「へぇ」
「例えば、手のひらサイズの薄い小箱から、遠くにいる人の声がしたり、文字が出たりするんだけど、誰もその仕組みを知らないまま使っているんだ」
「なんですか、それは。魔法ですか?」
「これがなぁ。不思議な話なんだが、魔法が存在しない世界だったんだ」
「魔法が存在しない? 精霊力が弱いってことですか?」
「いや、魔法が全否定されていたよ」
変な世界の話だった。
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