人間のカラクリ
時刻は同日23時11分。
アユハはまだ帰って来ていないようだ。
ラインも夕食のアレから新しく来てはいない。
僕はアユハのことが心配になってきた。
あの『ちょっと遅れる』が具体的にどれくらいなのか。
翌日の朝なのか、昼過ぎなのか、それとももっと先なのか…。
一般的な女子大生の感覚が僕にあるはずがない。
もとい、アユハの時間の感覚もあんまり分かっていない。
大学生とはそれだけ自由な生き物なのだ。
アユハはアユハの友達と遊んでいるんだろう、多分。
とりあえず僕はアユハに電話をかける事にした。
スマホからプルプルと無機質な音が鳴り続く。
アユハは僕の電話に……出ない。
「うーん……」
電話に出ないとなると、何もする事がなくなる。
アユハがどこで何をしているのか。そもそもいつ帰って来るのか。
それすらも分からない。どうしようもない。
「アユハさん、帰って来るのでしょうか」
そう独り言ちて、少し考える。
結局、僕はそのまま眠る事にした。
アユハにもう一度電話することも考えた。
でも、それは何か違う気がした。
僕自身もよく分からないその衝動に、電話をしないという選択を委ねる事にした。
……。
アユハはいつ帰って来るのか。
寝付けないような夜になる気がしたが、意外とそんな事もなかった。
存外問題ないように、窓から差す朝日を浴びて、僕は目を覚ます。
開口一番スマホを覗く。
しかし、アユハからのラインは一つも来ていない。
そのままアユハの部屋をノックしても反応はなく、リビングにもその姿はない。
玄関にアユハの靴がない事が、まさにアユハが帰って来ていないという事実の証明には十分だった。
朝になってもアユハは帰って来ていない。
まあ朝といっても六時で、だいぶ早い方ではあるが。
いつも通りのルーティンの如く朝食の用意をする。
今日は大事な会議の日だ。
普通に遅れることは許されない。
「アユハさん、どこに居るんでしょうか」
静かな部屋でそうポツリと呟く。
特段アユハの事を心配しているわけではない。
どちらかと言うと、アユハがどこで何をしているのかが知りたい。
その事実を知って、僕の頭の不安を取り除いて欲しい。
朝食を食べ終わって、会社へ向かう準備をする。
もしアユハが帰って来た時のために置き手紙を書く事にした。
テーブルのアユハの席の前に置いて、そして家を後にする。
多分、僕がアユハに連絡をしたのも、置き手紙を書いたのも、きっと僕はアユハのことが心配なんだろう。
僕は僕の不安を取り除きたいだけなのに、それが行動として「心配」というモノに変わる。
元来からの人間のカラクリ。
僕はまた、いつものルートを歩き始めた。
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