メイドミー

     ♯



 少しだけ、僕の話をさせてください。

 いいですか?


 …ありがとうございます。


 僕はちゃんと自分自身を生きることが出来ているのでしょうか。

 子供の時に大人に言われた立派な大人になれているのでしょうか。


 そんな事を誰かに聞こうとは思いませんが、ふと考えることがあります。

 生憎それらを自分で確かめる術は限られています。


 僕はなんとなく今を生きています。

 僕は逃げて生きています。


 僕の「誰かと深く関わり合えない」という一部分。


 そんな小さなことが、この歳になって浮き彫りになって。


 おそらく表面上はあんまり支障はないんでしょう。

 実際アユハさんとも問題なく過ごせています。


 僕は単純に考えすぎなだけでしょうか。


 もしそうであるなら、どうか僕に『そうだよ』と言ってください。

 僕のその一部分を、どうか創り上げてください。


 それでは。



     ♯



 この時期としては珍しく、雨模様が続いている。


 傘を差して、いつもの繁華街の最短ルートを行く。

 絶え間ない喧騒の中を、一歩一歩と歩いていく。


 グレーっぽい街を進んでは見えてくる、アユハが働いていたあのメイドカフェ。

 今日もまた、入り口で呼び込みを行っている三人のメイドたちが見える。


 それぞれ元気に声を掛けているのを見ると、やはりアユハは本当に人気嬢だったのかと疑問が浮かぶ。


 アユハと僕の共同生活が始まってどれくらい経ったのだろう。

 スマホで日付を確認して計算する。


 どうやら、二ヶ月が経とうとしているらしい。

 これが早いのか遅いのか…。


 ここのメイドカフェで出会ったアユハを思い返してみると、それが過去の映像のように再生されて、それなりの時間を過ごしたのだなと、謎の感慨がある。


 確か、初めは僕は声を掛けることが出来なかった。

 あの時のアユハは眠たそうな目でプラカードを持っていた。

 その様子がやはり今でも印象深かった。

 僕がバイトをしていた時代は、そんな態度を取ったら普通に叱られていたから、どうにもアユハのあの姿は記憶に残っている。


 今日と同じ、傘を差して繁華街を歩いていたあの日。

 そして、その後偶然にして出会ったあの狭い路地。

 段ボールの中で慎ましく生きている猫たち。


 僕は気になってその路地へ向かう。が、今日は猫たちはいないようだ。

 ボロボロで空っぽの段ボール箱が、ポツリと放置されている。


 あの猫たちはどこへ行ったのだろう。

 どこか別の住処を見つけているのか。

 それとも……。


 そんな事を考えながらも僕は何事も無かったように帰路を歩いていた。

 その事実が、どこか胸が痛くなるようで苦しい。

 逆にそれがいつも通りなんだと実感すると気持ちが軽い。


 ……。


 僕は考える事をやめ、また歩き出した。

 遠巻きに聞こえるメイドの呼び込みに耳を傾けながら。




 夕食の具材を買って、家に着く。


「只今帰りました」


 今日は僕が夕食の当番だ。


 リビングの明かりはついていない。

 まだアユハは帰ってきていないのだろうか。


 とりあえず僕は、着替えて夕食の準備に取り掛かる事にした。

 夕食を作り終えて、アユハを待っていると、ラインが届く。


『ごめん!! 帰るの遅れる!! 夜は食べて帰るね』


 アユハからの帰りが遅れる旨のメッセージが届く。

 加えて夕食を食べて帰って来るらしい。


「分かりました。夜は暗いので気をつけて下さい」


 そうラインを返して、僕は一人で夕食を食べる事にした。


 アユハとの共同生活は、食事は一緒に行う事がほとんどだった。

 もちろん今日みたいに何かしらの理由があって、一緒じゃない時もあったにはあったが、それでも一回か二回だ。


 久しぶりの無音の世界に僕だけがいる感覚は、どこか懐かしくて少し寂しい。


 そう感じるだけで、アユハという存在が僕の中でどんどん大切なものになっているのだと思う。

 その感覚が清々しくて、少しだけ憎い。


 僕としてはせめてもうちょっとだけ、あり方を変えてでも、そんな人間のカラクリを見えにくくして欲しいなんて。


 自分で作った料理を頬張りながら、そんな事を考える。

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