猫って寂しくなるとこうなるんですか?

 駐車場に着いて車に乗り込み、家までの道を進んでいく。


 微かな充足感とともに、アユハが言っていた言葉を思い出した。


 猫は寂しくなる生き物───。


 繁華街を抜けて、赤信号で止まって、見えるは夜の街。


 猫というのは悠々自適に暮らす生き物だ。

 寂しいと感じることなんて無いはずだ。


 いや、本当はそんな事はなく、アユハ含めて全ての人間は寂しがり屋なのだ。

 ただ、他より少しだけその様子が見えにくいだけで、本当はそんなに他の人とは変わらない。


 その事実を飲み込んで向かうは、アユハがいる僕の家。


 僕は少しでも誰かの隣にいたい。

 それは友達やカレシカノジョという枠組み関係なく。

 僕は僕と出会ったアユハという人間を知りたい。


 車はいつもの帰り道を進む。


 そんな大層な事を考えてしまうのは、この夜の街を見て、僕も寂しくなったからなのかもしれない。


 数分足らずで、僕は家に到着する。

 ドアを開けて見える景色は、リビングの明かり。


 もう日常と化した、僕以外の誰かがいるという感覚。

 僕はリビングのドアをいつもと同じように開ける。


「只今帰りました」


 リビングを見渡すと、部屋着姿のアユハがソファーに座っている。

 スマホをいじる事なく、足を丸めてきゅっと小さくなっている。


 ややいけ好かない表情のアユハは、僕の方を見るや手招きをする。


 僕はアユハの隣に腰掛ける。

 その後もアユハはいじけた様子で黙っている。


「只今帰りました」


 アユハはちょっとだけむすっとした顔を作りながら、僕の肩にもたれかかる。

 多分、僕に見透かされた事が気に食わないんだろう。


「おかえり」


 そっぽを向きながらそう言うアユハ。

 それでも声色は確かな嬉しさを孕んでいて、それが少しだけむず痒い。


「アユハさんが前言ってた言葉を思い出したんです」


 帰る途中、車の中で思い出したあの言葉。


「『猫は寂しくなる生き物』っていう言葉。確か、アユハさんが居候するって言った日でしたよね」


 アユハは頷く事もせず、僕の話に耳を傾けている。



「猫って寂しくなるとこうなるんですか?」


「──────」



 アユハが無言で僕を見つめる。


 …あ、流石にマズかったか?


 数刻の静寂の後に、アユハがそっぽを向いてゆっくりと口を開く。


「私猫じゃないよ」


 あぁ、大丈夫そうだ。良かった。



「あはは、そうでしたね」


「ねぇ」


「…何ですか?」


「女の人でしょ。お兄さん誘ったのって」


「そうですね。仲野さんという方です」


「その人と仲良いの?」


「えぇまあ、同僚ですし、今行ってるプロジェクトも一緒ですし、一緒にいる時間は長い方だと思います」


「仲野さんのこと好き?」


「あはは、あの方に僕は似合いませんよ。もっと良い人がいますよ」


「そうじゃなくて」



 アユハは軽くため息ついて、続ける。



「お兄さんが仲野さんのこと好きか教えて欲しいの」


「…それは異性として、ですか?」



 僕の質問にアユハが無言で頷く。



「うーん…、仲野さんはとても良い人だと思います。人当たりも良く、仕事にも一生懸命です。僕が同僚として居れるのが誇らしいくらいに。…でも、あのー…それとは関係のない部分の話なのですが」


「何?」


「……僕は大人になってから誰かに恋愛感情を抱いた事がないんです」


「え、そうなんだ」


「そうです。だから、仲野さんのことは尊敬してますが恋愛的な意味では好きではないですね。…これで良いですか?」


「うん。ありがとう。…ていうか、お兄さんって恋愛感情抱いたことないんだ」


「大人になってからですけど」


「じゃあ彼女も?」


「そういう事ですね。大人になって誰かと恋仲になった事もないので、彼女がいた事もないです」


「へーそうなんだ」



 そして気付けばこの年齢になっていた。

 絶賛独身アラサーまっしぐらの人生である。



「お兄さんモテそうなのにね」


「ありがたいことにお誘いは何度かもらったりするんですが、やっぱり僕に大人の恋愛は向いてないのかもしれません」


「あはは、お兄さんだめな大人になっちゃったんだ」


「そうかもしれません」



 そう言って僕は笑い、アユハもそれに釣られて笑う。



「良いじゃん。ダメなお兄さんにダメな私。お似合いだよ」


「いや、あなたにはもっと自分を大切にしてもらわないといけません。少なくとも僕はあなたを幸せにします」


「…へぇ。それはちょっと楽しみかも」


「僕も努力します」


「ありがとう」


「気にしないでください」



 アユハは僕の肩にもたれていた頭を離し、ソファーから立ち上がり僕を見る。


「お兄さん」


 そしてよく見た飄々とした様子に、にかっと笑顔を作る。

 僕の目の前に居るのはいつも通りのアユハだった。



「これからもよろしくね」


「こちらこそ」


「明日はお兄さんのオムライスで」


「はい。分かってます」

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