オムライスですね

 それから一週間ほど経ったくらいのいつも通りの平日。


 今日は仕事が休みで、リビングのソファーでだらだらしている。

 その隣にアユハがリラックスした体勢でスマホゲームをしている。

 アユハも今日は講義がなく、大学に赴く必要がないらしい。


 もうすっかりこの光景が馴染んでいるのを、不思議には感じない。


 お菓子を時々頬張りながら、テレビの大画面で映画を見る。

 アユハが時々映画に目を向けたり、お菓子をつまんだり。


 不思議じゃない。

 むしろどこか居心地の良さを感じている。


 そのまま映画を見続けていると、テーブルに置いた僕のスマホが振動する。

 手に取ってみると、会社の同僚の仲野なかのさんからの電話だ。


 僕はソファーから立ち上がり、リビングから離れて、電話に出る。



「もしもし?」


『もしもし? ───くん? 今日の夜暇だったりする?』


「特に用事はありませんが……なんでしょう?」



 休みの日には仕事の連絡はしないから、何の用だろう。


『もし良かったらだけど、一緒に飲みに行かない? 良いお店見つけたの。だから、ちょっと話したいなーなんて』


 仲野さんは大人な余裕ある声でそう言う。

 食事のお誘い。別に断る理由はないが……。



『どう? ───くんが良ければ、なんだけど』


「あぁそれは───」



 そこまで呟いた後で、僕は思わず言いとどまる。


 いつもだったら何も考えずに承諾するところだった。

 でも今は、僕が夕食を食べに行くということは、アユハを置いて行くということになる。


 今までは一人だったから考えることがなかった、アユハという存在。


 僕は何をどうするべきか。


「……すみません。ちょっと確認したいことがあるので、少し待っていてください」


 少し考えた結果、アユハにこの事を話すことにした。

 もちろん話さない選択肢もあると思うが、そうするとアユハの目には不審な行動に映るだろう。


『うん。分かった』


 仲野さんの承諾を聞き、僕はまたリビングへと戻る。

 そしてゲームに夢中なアユハに声をかける。



「アユハさん」


「ん? 何?」



 アユハは飄々とした様子を醸し出しながら僕を見やる。



「今日の夜、同僚の方に食事に誘われたので僕はそちらに向かいます。すみませんが、今日の夜は何か作って食べて下さい。今日は夕食の当番が僕ですので、代わりに明日やります。ですから───」


「分かったよ」



 アユハは僕を諭すように優しくそう言う。


「そんなに言われなくても分かるよ。……いってらっしゃい。楽しんできてね」


 その様子に僕の心がフッと軽くなったのを感じる。



「ありがとうございます。……明日の夕食は僕が作ります」


「うん。じゃあ私の好きなの作ってね」


「分かりました。じゃあ明日の夜はオムライスですね」


「楽しみにしてる」


「はい」



 そう言って僕はまたリビングから出て、仲野さんとの通話に戻る。



「戻りました。……行きましょうか。どこで落ち合いますか?」


『ほんと? えっとねぇ…───』



 すぐに諸々が決まって、僕は出発する準備をする。

 とりあえずリビングに戻ってアユハにこの事を話す。


「行くことになりました。留守番の方よろしくお願いします」


 アユハはゲームを弄りながら、笑って話す。


「いってらっしゃい」


 そして手を振ってまたゲームに視線を戻す。


 特段気にしてなさそうな様子のアユハを見て、僕も意識をこれからに集中する。


「はい。行ってきます」


 そう言って準備を済ませ、僕は仲野さんと約束した場所に向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る