僕の運を魅せてあげます

 アユハが作ってくれた料理を食べながら、僕の相談をしてもらう。


 自分でも常々思う事だが、僕は考えすぎなところがある。

 昔よりもその部分に振り回されることが増えた。


 アユハは気にしなくて良いよと言ってくれた。


 その言葉にどんな意味があるかはちゃんとは理解できていない。

 けれども、自分なりに咀嚼して、理解して、そして僕自身のための言葉に変わるようにしていく必要があると感じた。


 人生はいつでもスタートラインに立つことが出来る。

 ただ、そのスタートラインに立つ側になることも、ならないこともできる。


 アラサー近くの僕でもその権利は平等にあるということだ。


「でも私は今すごく助かってるよ」


 僕の相談が一通り落ち着いた後、アユハがポツリと呟く。



「一人暮らしって楽なんだけどその分際限ないというか、いろいろ面倒でさー」


「僕も大学生の頃はそうでしたね」


「うん。特にお金の面は本当に感謝してるよ。今はもうバイト辞めて、大学の授業に集中出来てるし」



 ありがとう、とアユハが言う。



「いえ、大学生は勉強、バイト、家事など思ってる以上にすることが多いですからね。確かに時間にゆとりはありますが、その分やる事もあって大変ですし」


「そうなんだって───」



 アユハとの談笑も弾み、夕食の時間も終わる。


 その後、僕はいつも通り二階の書斎で仕事をおこなう。

 今日はアユハも書斎に来ていて、僕の仕事を隣で見学している。


 意外と僕の仕事にも興味があるらしい。

 僕の仕事はIT系で、アユハの進んでいる分野とは全く違う。


 むしろそれがアユハの好奇心を駆り立てているのかもしれない。



「大学の課題は大丈夫なんですか?」


「大丈夫。明日やる」



 そう言うアユハを横目に、僕はプログラムのコードがミスがないかチェックしていく。

 地味な作業ではあるが、これがとても大切なのだ。


 アユハがたまに話しかけてくるのを、一つ一つ返しながら作業を進めていく。

 三十分ほど経った頃には、アユハは僕のベッドでスマホをいじり始めていた。


 さすがに飽きるよな、これは。


 アユハは騒ぐことはせず、猫のように静かにごろごろしている。


 今思えば、彼女は僕の懐に入ってくるまでがすごく自然だ。

 夕食時のアドバイス然り、彼女は生きるのが上手いのかもしれない。


 そんな事を考えてはまた、パソコンと睨めっこを始めた。




 今日の仕事がやっと終わり、時刻を確認する。

 時計は二十時半を指す。どうやら予定通りに終わったようだ。

 あとは入浴して寝るだけ。


「ん〜、ぅあぁぁ〜〜」


 僕は一度大きく伸びをする。

 メガネを外して立ち上がって、もう一度グッと身体を伸ばす。

 やってることが完全におっさん。


「終わった? お疲れ様」


 ベッドでごろごろしているアユハが顔を上げてそう呟く。

 どうやら僕が仕事している間、ずっとそこにいたらしい。



「ありがとうございます。…ずっと何してたんですか?」


「これ」


 僕がベッドに腰掛けると、アユハが僕の隣に座り、スマホの画面を見せてくる。

 画面は今巷で流行っているオープンワールドのRPGだ。



「ずっとイベント回ってた。丁度私が持ってるキャラのイベントだから、結構走ってる」


「そうなんですね」


 アユハが画面から目を離して、何やら思い立ったような顔で僕を見る。



「お兄さんてゲームしないの?」


「あー…、たまに暇つぶし程度にはするんですが、あなたのやっているようなRPGとかはもう手をつけてないですね。時間がないのもそうなんですが、やる気力もなく」


「そうだもんね。毎日仕事なんでしょ? 確かにそれはキツイかも」


 本当に毎日仕事だったら死んでるが、そこはツッコまないでおく。


 僕は頷いて、社会人生活を振り返りながら話す。


「まあそうですね。休日も動画を見るなり、映画を見るなりで、何かをするということは減りましたね」


 子供の頃はゲームに入り浸っていたが、歳を重ねるごとにしなくなっていった。

 僕は虚しくも大人になってしまったようだ。


「お兄さん。私の代わりにガチャ引いてよ」


 アユハはスマホのガチャの画面を見せながら話す。

 ガチャのピックアップには、煌びやかで高貴な衣装を身に纏ったかっこいいキャラが画面の中で動いている。


「私が欲しいのはこの子。こっちはもう持ってるんだけど、この子だけ当たらないの。…だから、お兄さんの運を頂戴」


 にかっと笑ってそんな事を言うアユハ。

 おいおい、外した時の僕はどんな顔をすれば良いんだ?



「十連ガチャの方ですか?」


「うん、そう。それでもう石なくなるから頼む!! お願いします!!」


「よし。僕の運を魅せてあげます」


 久々のゲームにちょっと、というかだいぶワクワクしながら「十連ガチャ」のボタンを押す。

 確認ボタンを押すと、少しのロードの後、十個の綺麗な流れ星が宇宙から流れてくるムービー演出。


 そして流れ星が一つずつ割れて、その中からキャラが現れる。

 一体目、二体目、三体目…、徐々にいろんなキャラが登場する中、最後の流れ星、十体目の流れ星が虹色に変化する。



「虹色です!」


「え! 確定! 確定! 二分の一! お願いします!」



 両手を合わせるアユハとスマホから目が離せない僕。

 やがて虹色の流れ星が割れ、そこから白色の光が画面を包む。


 豪華な演出の後に現れたのは───、



「!!」


「キターーーーーー!!」



 アユハが狙っていたキャラだった。

 見事僕はアユハにお目当てのキャラを引き当てることができた。



「良かったですね。当たって」


「お兄さんナイスすぎだってー!!」



 僕の神引きですっかりテンションが上がったアユハは、僕に勢いよく抱きついてくる。



「あー好き好き大好き!! お兄さんのこと大好き!!」


「あはは…」


 苦笑いの僕を横目にアユハはまたスマホを操作しだす。



「うわー……、ほんとに当てちゃった。お兄さん豪運すぎ!!」


「まさか本当に当たるとは思いませんでしたが」


 一発でお目当てを引き抜く豪運。

 圧倒的なビギナーズラックを見せつけてしまった。


 対するアユハは、お目当てのキャラを舐め回すように画面に熱中している。



「私の石じゃ全然来てくれなかったのに、お兄さんは一発で来た……。もしかしてお前もお兄さんが好きってこと?」


「あはは、大事に使ってあげてください」



 アユハはまた画面から目を離して、僕に笑顔を向ける。



「本当にありがとう!! 次も欲しいキャラいたら頼むかもしれない!!」


「できればやめてください……」

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